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『お前はさみしがり屋だからさ、心配。』
『お前見てるとさ、ぎゅって、してやりたくなるよ。』『俺は、どこにも行かないよ。
ずっと、お前のそばにいるよ。
どんなに遠く離れた場所にいっても、必ず会いにいくよ。』
一緒になんか、いられないだろ。
18歳になれば、お前は俺を置いていくだろ。
お前が、死ぬことは必然なんだろ。
この世界で生まれたお前は、もう。
今更知っても、もう遅いよな。
それをずっと隠してるのはお前の方なのに。だから、俺が、お前が死ぬ時になったら俺もそっちの世界に連れて行ってくださいって、お願いしたんだ。……なんてさ、冗談だよ。
そんなことできるわけないだろ。
────お前を見てるとさ、俺の知らない間にどこか遠くに行っちゃうような気がしたんだよ。お前ならきっとそれができた。
ずっと、しないでいただけだ。
分かっていた。
なのに。
なんで。
赤。
赤。
目に焼き付くような鮮血が、彼の体内から溢れ出ていく。
本当にするなんて思わなかったんだ。
……どうして、こんなことになるなんて思わなかったんだよ。
思えなかったんだ。
「……そうだ、119番、っ、救急車」早く、
早く、早く。
お願いだ、
お願いだから。
「……俺を、一人にしないでくれ……」彼は虚な目で、微笑んでいるような気がした。楽しかったね、あの頃は。あるところに、仲睦まじい夫婦がいた。奥さんのお腹には、なんとも愛おしい二つの命が身籠もっていた。
しかし、そんな中、母胎と双子の片割れに異常が見つかる。このままでは母体が危険であると。そしてその双子の片割れは、生まれる前には死んでしまうと。生まれてこられたとしても、助かるかどうか。
そう医師から言われていたが……奇跡的に、母体に異常は見られず、そうして双子も一緒にこの世に生まれてくることができた。
こんなこと、誰が予測できたのだろう。
必然だと思われていた運命が、必然じゃなくなった時に人はそれを奇跡と呼ぶのだろう。
それでも双子の片割れは、未熟児であった為、医師の指示のもと適切な処置を受け、暫くの間人工保育器に入れられることになった。
ゆっくり時間をかけて成長したが、それでも生まれつき病弱で、内臓器官も健康体の片割れに比べるとあまり丈夫でなかった。
幼少期の頃から度重なる整形移植手術が必要になり、身体中は手術痕でつぎはぎだらけだった。
「いーちゃん、あー、あー」
「あらあらよかったねえ、いつくん。ふふ、ゆうくんはお兄ちゃんだね」
「優は、一体何をしているんだ」
「ままの真似をしてふーふーって、して食べさせてるのよ、ぱぱ」
「優の分なくなっちゃうぞ」
「心配しなくても大丈夫よ、あとでままが調節しますからね」
なにより彼は、両親に似ても似つかない容姿をしていた。
両親はそれでも、そんな彼ら双子を同じように大事に、平等に愛していた。幸せな家庭だった。
毎年、誕生日になると双子は、両親に片割れが好きそうなものを頼み、後に内緒でプレゼント交換をする、というのが二人の中でお決まりだった。「たんじょうびおめでとう、ゆう!」
「こちらこそ!ありがとういーちゃん」
「ねーねー開けてもいい?」
「もちろん!はやく開けて!」
「……宇宙の本。これ、僕がほしかったものだ!」
「僕も!僕たち双子だから、好きなものなんでもお見通しだね」
「ぱぱもままも、きっと、優の方が星が好きだって思うだろうね」
「いーちゃんは星好きだけど、ゲームも好きだよね。」
「それは、二人だけのひみつ!」
「二人だけの?いーちゃんだけがゆうちゃんの、知ってるってこと?」
「そうだよ!」
「なんか面白そう!」
「ゆう、これから先もずっと一緒にいられたらいいね」
「うん」
同じ時間を過ごし、成長する双子。高校生になる頃には、バイトでお金を貯めて、それぞれに誕生日のプレゼントを用意するようになった。「誕生日おめ。生まれてきてくれてありがとな、おとーと」
「はあ、俺はお前の弟じゃない。ほんの少し先に生まれてるからって兄貴面するなよ」
「わかったよ。そんなことよりはいどーぞ。俺のもちゃんと用意してくれた?」
「まあ」
「え、やった。」
「……あげなくていいか」
「やだやだ、ちょうだい」
「怠いな」
そう言って包装紙に包まれたプレゼントを渡せば、嬉しそうに受け取る。
「なあ我慢できない、開けてい?」
「どうぞ。って毎年丁寧に開けるよな」
「とっときたいじゃん」
「包装紙なんてとっておいて何になんだよ」
「別にいいじゃん。……お、これ新作ゲームのカセット?これめっちゃ欲しかったやつなんだよ、対戦がおもろいやつ!なあ帰ったらすぐ一緒にやろうよ」
「また今度な」
「なあ俺のも早く」
そう言って目で催促してくる。
「はいはい」
「あーあー……開け方、雑だなーっ……唯月って開けんの苦手なの」
「……別に、いいだろ。……って、これ」
「あれ、あんまりお気に召さなかった?家庭用プラネタリウム。星好きだろ、ほら、宇宙図鑑ボロボロになるまで毎日見てたじゃん」
「お前、子供だと思ってんだろ」
「どゆこと」
「だから、……昔から言ってるだろ。こんな偽物のホログラムの星じゃなくって、もっと本物の星が良いんだって。お前、俺の話なんか一切覚えてないだろ。」
「勘弁してくれよ、望遠鏡は高いんだよ」
「……まあ、でも、ありがとう」
「こちらこそな。
なあ唯月、俺さ、18歳の誕生日に父さんと母さんにも俺を産んでくれてありがとうってプレゼントするんだ。親孝行、したくてさ。」
「へえ。いいな、それ」
「ほら俺、小さい頃から身体が弱かったみたいじゃん。その頃の記憶、あんまり覚えてないけど……日常の一部っていうか、当たり前になってて忘れてたけど、今でも薬飲まなきゃいけないじゃん?」
「免疫抑制薬だろ」
「そう。やっぱり、両親にはたくさん迷惑かけちゃったし。それに、俺、いつまで生きられるかわかんないからさ。渡せなくなってからじゃおせーよなって、あっはは」
「お前なあ、迷惑だなんて別に思ってないだろ。」
「んじゃあ、感謝の気持ちで」
「それでいいよ。お前はいいよな。昔から、両親にすごく心配されてただろ。俺なんか後でにしてって無視されてたし……それくらい父さんも母さんもお前のこと、すごく大事にしてたよ。」
「父さんと母さんには感謝しなきゃな。でもさ俺って、容姿全然似てないから拾われた子なのかと思っちゃってたよ。髪染めよっかななんて思ったこともあったし」
「実際、父さんと母さんの子だっただろ。気にするなよ。髪の色がたまたま違うなんてよくある。俺なんか地毛なのに教師に染めるなっていまだに注意されるんだから」
「昔から双子だって思われないんだよな。」
「まあな」
「お互い苦労してるよなー。でも、こうやってさ、なんでも相談できる相手がいてよかったって思うからさ。俺、唯月がいてよかった」
「まあ、うん」
これから先も、こんな日が続くと思っていた。片方だけは。「あのさ」
「うん?どした」
「誕生日プレゼント、何あげたら喜ばれると思う」
「もうそんな時期?あーそういや今週か。時間経つのって早いよなあ。……お前、毎年面倒くさそうにしてたのに楽しみにしてんだ。可愛いところあるじゃん」
「……違うよ。
彼女ができたんだ。その子への誕生日プレゼントなんだよ」
「……」
「まだ先なんだけどな」
「へえ、よかったじゃん」
それを聞くと明らかに動揺したような、不自然な笑顔を見せる。
「……そんな大事なこと、なんで今まで俺に内緒にしてたの」一瞬、言ってしまった、という顔をするが、一度口にしてしまったら止まらなかった。珍しく、動揺していた。「ちげーよ?恋人ができるのは、別にいいんだよ。別に、いいけどさ。そうやって隠されてると寂しいじゃん。俺たちって、そんな仲だった?……違うだろ、なあ。俺に言って欲しかったよ。」その一言を聞いて、遂にため息を吐く。そうして、今まで溜め込んでいた不満が爆発するかのように言葉が溢れ出す。「……双子だからってなんでも共有しなきゃいけない?
秘密も、全部、何もかも共有しなきゃいけない?
双子だから、何でも一緒にしないといけないのか?
双子だから、双子だから……って、いい加減にしてくれよ。
そろそろ大人になれよ、お前も。
いつまでも一緒にはいられないんだから。」
「あ、」
「そうか」
「……、」
「なんかさ、俺」
「……俺、変なこと言ってた。」
見たことのない片割れの表情。「そうだよな、ごめんな。」それは、相手を責めているとかじゃない。
言ってしまったことへの後悔が混じった、表情と声だった。
初めて、喧嘩をしてしまった。
後になって、大きな溝が生まれる喧嘩だったことを思い知った。
今までだって些細なことで喧嘩はしてきた。
だけど今回は違った。
その日をきっかけに、一緒にいる頻度は減っていき、会話も減っていった。
登下校することもない。
片割れといた時間を全て、彼女と過ごした。
全て彼女に費やして、そうして彼は、片割れのことなど忘れていき、彼女との日々を大切にしていく。
なんとなく気不味くて、それで。
そうしてある日、それは起こる。
片割れの部屋のドアをノックして、返事を待たずに開ける。
「びっくりした」
「お前、少しいいか?」
「うん」
「俺の彼女に手出したよな」
「ああセックスした。だから何」
「……」
「でもさ、彼女、ろくでもないよ。よかったじゃん、セックスする前にそれに気付けてさ。」
次の瞬間、鮮血が飛び散り、床に赤い液体がボタボタ落ちる。胸倉を掴んで引き寄せて、そうして、何度も、何度も何度も何度も、拳で顔面を殴り続ける。「……でお前さ、言いたいことはそれだけか?」
「……、はは」
「さっきからずっと、何笑ってんだよ。何が面白いんだよ。謝れ。早く謝れよ。」
「うっ、」
思い切り、蹴飛ばしてやった。
大勢を崩して倒れ込む片割れを押し倒して馬乗りになると、片割れはただその拳を素直に顔面に受け入れて、抵抗する素振りも無かった。
「なんだか久しぶりにお前の顔、見たから。なんかさ、」「は、気持ち悪いんだよ、お前……
死ねよ。お前みたいなクズ、
死ねばいいだろ。
早く死ねよ。
いいから死ねよ。
死ね、俺が殺してやる。
殺してやるからな、クソ野郎」
「はあ、はあ、本気じゃん、いたい、いたいよ、死んじゃう。はは、あはは、なあ、俺、死んじゃってもいいの」笑いながら、ずっと肩を震わせていた。「彼女に土下座して謝れよ。なあ」
「唯月には謝るよ、でも」
「頑なだな、馬鹿にしやがって。」
「死んだらいいんだな」
「そうだよ、お前なんか死ねばいい」
「そうだよな、俺なんか生まれなきゃよかったよな」
「……」
「迷惑ばっかりかけてきたよな、ずっと……」
「……」
「……なのに。なんで気付かなかったんだろう。なんでもっと早く気付けなかったんだろう」
後になって気付く。彼に、抵抗する気力すらなかったのだろうということに。「気持ち悪いのも、分かってる、」「でも俺、お前を傷付けようとか、迷惑かけたかったとか、そんなつもりなくて、」「……ただ、これからも……、
……、
………っ」
何かを言いたいのに、どうしても言えないのか、言葉を詰まらせる。よく見れば、彼の表情は酷く疲れていて、泣き腫らしたような目をしていた。「今日さ、なんの日か知ってる18回目の誕生日だよ。
だから、だからさ。
俺たち、もう一度、
あの頃みたいにさ、
そうだよ、一つに戻ろう、
唯月」
「お前、気がおかしくなったのか」4月2日。
ああ、忘れてたな。
どうでもよくてさ。
そんな日があったな。
俺たちの誕生日。
優真のカレンダーには、ちゃんと赤い丸がされている。ふと、目の端に映る。
片割れの部屋の隅に、17個の鶴の折り紙があった。
しわくちゃのものもあったが、どれも丁寧に折られており、状態が良かった。
一度破かれたものを、セロハンテープで止めたようなものもあった。
微かな記憶を辿る。
あれは、確かに、小さい頃両親から貰ったプレゼントと、それから。
俺が誕生日にプレゼントした物が包んであった包装紙だ。
『毎年丁寧に開けるよな』
『とっときたいじゃん』
『包装紙なんてとっておいて何になんだよ』
『別にいいじゃん』
……。『両親にはたくさん迷惑かけちゃったし。それに、俺、いつまで生きられるかわかんないからさ。渡せなくなってからじゃおせーよなって、あっはは。』お前は、いつも、楽しそうに笑ってるよな。
馬鹿みたいに脳天気でさ、うざかった。
でも、思えば無理に笑うことが多かったな。
周囲から心配されて生きてきたから、心配させないように元気な姿見せなきゃ……なんて、昔言ってたな。
俺は、優が羨ましかった。
俺は、
俺は。
両親に愛されてないって、誰からも愛されてないって、思っちゃったんだ。
父さんも母さんも、ずっと、病弱な優のことばかり見ていたから。
健康体でいたって何も良いことなんかないって。健康体になんかなりたくないって。お前のこと羨ましいって思っちゃったんだ、だって、お前みたいに身体が弱かったら俺も両親にもっと見てもらえて、周囲の人にもたくさん心配してもらえたのかなって。
でも、優は、優なりに、ずっと不安だったんじゃないか。俺は、ずっと自分ばかりが、ってそう思って、優の気持ちなんか、考えてあげられてなかったんだ。優真。「……げほっ、はあ、はあ、」
「……優真、最近よく息上がるな。大丈夫か?」
「ああ、へーき。いつものことだから」
お前はいつも元気そうだ。
……うるさいくらい元気で、めんどくさくて、よく笑ってた。
だから、時々、忘れそうになる。
優が何度も手術を繰り返していること。
今でも時々通院してるとは聞いてたけど。
お前はさ、覚えてないのかもしれないけど、父さんも母さんも、お前のことすごく大事にしてた。「ゆうくん、しっかりして」
「ママ……パパ……」
「優真、大丈夫だ。父さんも母さんもそばにいる」
「うん……」
父さんと母さんの不安そうな声で、只事じゃないって、当時はまだ幼かった自分でもすぐに状況を察したな。病院で入院してた時、手術後の容態が著しく悪化した時があった。「優、しんじゃうの、
……やだ、しなないで!」
病室内で思わず叫んで、ボロボロ涙が溢れて、視界がぼやけてく。ベッドに横になってる優は、俺の声を聞いて目を開けて、そうして酸素マスク越しに小さなかすれた声で反応する。必死に息をする度に胸部が激しく上下していた。「……泣かないで……」
「優、いなくならないで」
「いかない……いかないよ、どこにも」
「……俺、しなないよ。絶対に……死なないよ。」そういって、ゆっくり腕を伸ばして、ぎゅっと俺の手を掴んで笑ってくれた。その言葉通り、優真は、山場を越えた。そうして今、隣を歩いている。「そんなことあったっけ」
「あったよ、父さんも母さんも、お前のことすごく心配してたんだぞ」
「うん。でも、それこそ最初はさ、生きるのに必死すぎてさ。何回も死ぬかもなーって思ったことあるから、慣れちゃったっていうか」
心配だよ、正直。「……唯月どうした」
「いや……何も」
きっと、色んなことしたいんだろ。
やっておきたいこととかあるんだろ。
「お前さ、俺とばっかりいないで、他のやつとも仲良くしたら良いのに。行きたい場所とか、もっと色々、あるだろ」もっと色んな場所行って、色んなもの食って、それから。
こんな狭い場所にいるより、もっと色んな体験をして欲しいって思ったんだ。
……いや、それってなんか、まるで優が死んじゃうみたいじゃないか。「唯月が一緒にやってくれんの」
「え、俺が」
「うん」
「俺といたって大して楽しくないだろ。いつもの日常と変わらないし」
「それがいいんだよ。俺は楽しいよ、唯月とゲームしたりすんの」
「それ……楽しいか?」
「いいじゃん」
優の瞳と合う。
俺とは違う。それは深くて、綺麗な色をしている。
そうして、少し遠くを見るような淋しい笑顔だった。
「どこにもいかないって言っただろ」「それに俺さ、たぶん今の身体じゃあ、遠くには行けない」
「それでも良いかもって思わせてくれる居場所が、こんなにそばにあるってすごく有難いことなんだよ。」
優真はそんな時でも、どんな時でも、楽しそうだった。「……優、」死ねなんて、なんで俺は。
なんで俺はそんなこと言ってしまったんだ。
言っちゃいけなかった。優真は、いつでもそれが身近に存在していたから。何度も痛い思いをして、何度も苦しい思いをして、何度も生死を彷徨って、何度も、何度も何度も、諦めてしまいたくなったのかもしれないのに。俺は聞いちゃったんだ。
父さんと母さんと優真、三人で話してるのをドア越しに。
「余命宣告、されちゃった。このままだとまずいって。だから手術受けなきゃいけないって。」
「でも父さん母さん、唯月には内緒にしていて。」
「唯月は不器用だけど優しいんだ。だから、きっとすごく心配するから。」
「それにまだ、手術はしたくない。したら、入院が長引くかもしれないし。もう少しだけ先延ばしにして欲しいんだ。誕生日だってあるし、それに、唯月としたいこといっぱいある、から。」
なんでそんな重要なこと言わなかったんだ。
俺に秘密にしてることがあるのは、お前の方なのに。
俺は、一人になるのか。
一人が怖いのは、優真がいなくなって怖いのは。
本当は、俺の方だ。
怖くなって、それで、人と関わろうと頑張った。あまり、得意じゃなかったけど。
これから先、お前がいなくてもいいように。
いなくなるな。
いなくならないでくれ。
「はは。あはは。はは、は、はあ、はあ、」息を切らして、笑う。
優の瞳から涙が流れて、頬から顔の輪郭を伝う。
「……優、……俺、こんなこと言いたかったわけじゃなくて、」謝らないと。
早く。
なのに、
なんで、声が出ないんだ。
「18歳の、誕生日プレゼント
これはきっと、今までで一番最高。
唯月、ねえ  見て
みてて  みててよ……っ
俺が、俺がっ  死ぬところをさ」優はいつもみたいに笑って。泣きながら笑ってた。もう、とっくに壊れてた。そうしてベッドの下に手を伸ばすと、ずっと前から用意されてたであったであろう刃物を、首に躊躇いなく充てがい───「優真、」「ま、待って、」唯月としたいことがあるんだよ。「唯月、今度の休日一緒にさ、」
「ごめん、その日は用事ある」
「そっか。じゃあこの日とか」
「その日も忙しくて、悪い」
「……ううん、いいよ。仕方がないよ。じゃあさ、忙しくない日あったら教えて」
「分かった」
露骨に、避けられてる気がする。時間がない。こんな時に限って身体もなんだかあまり調子良くない。父さんと母さんに迷惑かけてる。でも、一回だけでいいから唯月と、したい。「今度の週末、父さんも母さんもいないって」
「そうか」
「興味、ないか」
「……で、話しはそれだけか」
「うん、話しかけてごめん」
最近ずっと、一人ですることが多くなった。回数も増えた。唯月としたかったけど、たぶん、できそうにない。……夜中、唯月が寝たのを見計らって部屋に入る。ベッドの前で、手に包丁を握って。「酷いよ、唯月」
「小さい頃、一人にしないでって泣いて俺に言ってきたのは唯月の方なのに。唯月は、俺を一人にするんだな」
「大丈夫、置いてかないよ。兄ちゃんも唯月を殺した後で死ぬから」
眠ってる間なら、苦しむのは一瞬のはず。首元に刃物をあてがう。すやすや寝息を立てる姿に涙が出そうになった。
小さい頃を思い出す。夜、ドアのノックする音で起きた。ドアを開けるとドアの前で枕を抱きしめてる小さい唯月がいた。
「どうした」
「優が死ぬ夢、みて……」
と、泣いてる姿が愛おしかった。「じゃあ今日は一緒に寝ようか」
「いいの?」
「うん」
「俺は死なないよ。兄ちゃんは強いんだよ。」
「ほんと?」
安心して俺の隣で眠ってた。しばらく一緒に寝てた。あの頃。「俺がいなくても、眠れるようになったんだ」「……そっか、よかった」一人でも大丈夫になったんだね。ごめんな、ごめん。酷いことしようとしてた。でも、唯月の寝顔見てたらもうしないって、こんなこと思うのやめようって思った。そうして、諦めて、隠すように刃物をベッドの下に入れた。「なあ、俺を一人にしないでよ。」「俺の近くにいてよ」「唯月、」「寂しいよ。」17個の折り紙と共に
部屋には、遺書があった。
『父さん母さん俺を産んで、ここまで育ててくれてありがとう。
ずっと大好きだよ。長生きしてね。
唯月寂しくないように
先で待ってる
だから
あいにきて
あいしてる』一部文字が、滲んでいた。「事件ですか、事故ですか。何がありましたか?」
「……人が、首から血を流して倒れています。」
「それはいつですか?」
「三十分くらい、前です。」
「場所はどこですか?」
「実家です。東月影区○○番地です。付近に幼稚園や、大きな病院があります。」
「どのような状況ですか?」
「凶器は包丁です。自室で、血を流して倒れてます。」
「……あなたのお名前は?犯人は目撃しましたか?」「……、」「もしもし?」「……俺が、」「……音声が乱れていて」「……」「俺が、やりました。」優真はさ、
一つに戻りたいって言ってたけど、
俺たち、二卵性だから無理だよ。飛び散る赤色を今も覚えてる。赤色が嫌いだった。






いつものようにこっそりと惑星を抜け出して、地球へと遊びに訪れていた。家族のように大切に思っている人間に会う為だ。これも何度目かのことで、繰り返している内に地球へ行くことにも慣れてきた。この宇宙船は、惑星外用に作られているものだ。
久しぶりに会う君は、人間の年齢でいう25歳になっていた。つい先日まで18歳だった気がしたのにな。人間の成長速度というのはあまりにも早いと思わざるを得ない。
無事家につき、いつも通り再会を喜び合い、積もる話もあるとそのまま部屋に案内された。その先で、ある物を渡された。
「……なんだーすげえ嬉しいよ。まさかお前に、そんな人ができるなんてさ」
「本来ならもっと前からお前に……一番に伝えたかったんだ、だけど」
「おっきくなったね」
「当たり前だ」
「なに、地球の時間に換算したら四年くらいかなあ。そんなくらいしか経ってないよ」
「七年〝も〟経ったんだ、あれから……色々変わったんだ」
「そっか、そうだよな」
人間の時間と俺の住む惑星の時間の感じ方や、流れ方は全然違うのだと、ここでようやく気付いた。
二階へ続く階段を登りながら、たわいもないやり取りをしていた。座りながらゲームでもしようって話になっていた時だった。
コンコンとノック音が響く。この時点で違和感に気付くべきだったのかもしれない。
君は、彼女が帰ってきたものだろうと思ったのだろう。
「開いてるよ」そう言いながら咄嗟に立ち上がって部屋を開けた。しかし、そんな期待とは裏腹に全く違う人物が部屋の前に立ち尽くしていた。
その人物は、一瞬にして部屋の中へと侵入していく。そのまま目の前にいた人物は、酷く冷静に物怖じせず何の躊躇いもなく君を刺す。追い討ちをかけるように後頭部や、腕、手の甲、顔を、何度も、何度も何度も何度も。何かを話しかけていたが、理解できない単語の羅列のようだった。膝から崩れ落ちて、床に倒れ込む君を目に焼き付けるように真っ直ぐ。その手に所持していた物は君が先程手料理を振る舞うと言って料理の際に使用していたのと同じ形状の、つまり食材を切るための地球の道具。視界を覆い尽くす赤色。気付いた頃には遅かった。それが起きてしまった。ついさっきまで話していたのに、君がこんな目に遭うなんて誰が予想できただろう。重力に逆らうことなくボタボタと水滴が滴り落ちる音だけが部屋に響く。シンと静まり返るほどの静寂だったからだろうか、嫌に大きく感じた。赤色。水滴。それは全て君の体内に流れている血液だった。胸部を始めとして一瞬の内にして白いシャツを真っ赤に染めあげ、綺麗に掃除されたばかりの床に水溜りを作る。
声も出せない程の致命傷を負ったのか、声を上げられずに苦しむ君の姿を見て、今起きている現状が明らかに良くないことだと頭が理解した。
なあ、唯月が何したって言うんだよ。急いで君の傍に駆け寄るが、会話すらまともに出来ない状況でヒューヒューと必死に息をしていた。何かを言おうとしているのは分かる、でも話せば話すほど口からごぽ、と塊のような血を吐き出す。喋ろうとすればするほど、口から逆流した血液が溢れていく。「大丈夫、絶対、助けてやるから……」ゆっくり仰向けにさせ、胸部を露わにさせると、深く抉れた痛々しい傷跡が見えた。人間の傷口が塞がる速度はとても遅い。その間にも感染症などを引き起こすのだと。布の一部を千切って上から圧迫するように傷口を塞ぐ。すると指が想像よりも簡単に体内へと押し込まれていく。恐ろしくなって手を離す。押さえる力が強すぎてはいないか。人間の肉体は繊細なんだ。こんなに乱暴に扱って良いわけがない。震える腕を抑え込み、触手を使って血管を探す。その間にも血が止め度なく溢れ続けており、その時の俺は不味いと思ったのか、ぎゅっと縛り上げて、血の巡りを妨げようと試みるも。「だめだ血が、血が、止まらない、」最善を尽くそうとすればする程にどんどん赤色が広がっていくようだった。
大丈夫、落ち着け。そう胸に手を当てて何度も自分に言い聞かせた。所詮人間の真似事。同じ場所に心臓なんかない。それなのになぜだろう。君が刺された所と同じ場所が痛むのは。全身が冷えていくような感覚になるのは。
知らなかった。人間の血がこんなに赤いだなんて。知らなかった。海が人間の血で出来ていたなんて。見慣れていた赤が、こんなにも恐ろしい。「まさか……な訳ないかさすがに。」「あの、このままじゃ本当に死んじゃうんだよ、そこで見てないで、一緒に助けてやってくれよ」藁にも縋る思いで言うが、当然無視される。俺は一体何をしているんだろう。暗いトンネルの中にいるようだった。無駄に思考を巡らす程に相手の体温も呼吸すらも弱まっていくように思えた。
思えば、人間が倒れてるところを見たことなかった。正しい人間の治し方なんて何も分からなかった。無知な自分に怒りを覚え、同時に後悔した。
「ああ……どうしよう。わからない……、なにも何も分からない……い、嫌だ、返事してよ。なあ戻ってきてくれよお願いだからさ」お願い、死ぬな。生きろ、生きろ。そう祈るように言葉を何度も繰り返す。足りなくなる。思い出す。俺の血を分け与えても、穴からだくだく溢れて流れ出てくる。
ここまで僅か数分の出来事。でも、この時間だけは今まで体験した何よりも長く感じた。酷く惨めだった。
自分の選択が、多くの選択肢を見捨てていたことに気付きもせず。いや、気付きたくなかった。そんなことしてももう無駄なことなんか。
その時、鈍い痛みが背中に走った。鋭利な刃物が貫いて、そこから自分の血液が流れていた。「一緒に行けよ、地獄。」刺された。ただそれだけ。それなら別にどうでもいい。自分の傷口の確認なんかしてる暇があるなら応急処置を。もはやなり振り構っていられない。やり返せば良かったんだろうな。でも何も出来なかった。仕返す気力もなかった。傷程度ならいつもすぐに塞がる。本来だったらそのはず。でも、それなのに今回ばかりは上手く再生されなかった。おかしいな。視界に赤に青紫が混じって頭に鈍痛が走り世界が傾いていた。……違う、俺自身が床に突っ伏していただけか。肉体だけが置き去りにされたまま駆け巡る思考。あっという間に終わってしまった。このまま俺もお前と同じになりたかった。薄れていく意識の中で駆け巡る映像はお前と過ごした楽しい思い出ばかり。目の前に血塗れになった結婚式の招待状を見る。……今でも昨日のことのように鮮明に思い出すよ。俺にあの招待状を渡してきた時のお前の顔を。今まで見た事もないくらい幸せそうだったな。
なのに俺はそれに相反していた。上手く笑おうとしてた。でもきっと、上手く笑えてなかった。
お前が俺に教えてくれた。〝人生を共に生きたいと思える人に出逢えた〟んだって。
細かなニュアンスは違うかもしれないけど、地球にはそんな奇跡みたいな存在に出逢えたことをお祝いする習慣がある。
それを聞いた時、ようやく理解した。理解するにはあまりにも遅すぎた。それはきっと俺にとってはお前で、そしてそう思っていたのはどうやら俺だけだった。ずっとそばにいたのに、君にとってそう思える人にようやく出逢えた、という事実がなによりもの答え合わせになったというだけのことだった。
それっておかしいよな。身体のどこかに穴が空いたみたいだった。いくら空いてもどうにか一人で塞いできたけど、唯一この穴を塞ぐ方法だけは今でもわからない。そして誰かの穴を塞ぐ方法も。〝このままずっと変わらないままでいられたら〟
という傲慢すぎる思考。変わらないものが永遠に続く気がしていたあの頃。今思えば、そんなこと無理で、人間に与えられた時間は短くてあっという間だ。縛ることなんか出来やしない。そんな酷いこと。
お前は言ってくれたんだよ。こんな、俺みたいな奴に『それでもお前は俺にとって一番の友人だ』って。お前が俺を人間にしてくれたんだよ。今度は上手く笑えるようにするから。笑顔の練習もするから。だから、もう一度会いたいよ。それにお前にさ、こんな顔をさせることのできる人なら良い人なんだろうからさ。お前がそばにいてあげなきゃ、その人だってすごく悲しむよ。俺だってすごい悲しいよ。お前がいないと寂しいよ。そこに俺は存在しなくとも、お前が幸せな夢見れたら、俺はいいよ。だから。「俺、俺も、お前の、結婚式に、連れて行ってよ」数分が経った頃、俺は何事もなく目を覚ました。傷口は元通りに塞がっていた。突っ伏していた身体を起こすと、床に滲む血液は赤だけになっていた。触れるとそこだけ冷たく、気付いた時には目の前にいた人物は姿を消していた。こんなこと誰が望んでいた。どうしてこんなことになってしまった。少なくとも俺は望んでいない。まだ諦められないまだ間に合うかもしれない。「唯月」名前を呼ぶ。反応はない。
頬に手を添える。反応はない。
急いで一階に行き、ご飯を取りに行きご飯を食べさせてあげた。
口から溢す。
名前を呼ぶ。反応はない。
繰り返す。何もない。何もなかった。
何も。
「……俺、何してんだろ。」この時初めて人間の死に触れた。眠っているだけだと思い込みたかった、どうしようもない自分が部屋に一人取り残されていた。この先に少しの希望もないことを。俺は生きてしまって、お前は死んでしまったことを。俺とお前は全く違う生き物だということを思い知らされたことを。それはきっと、俺が化物であることをお前が忘れさせてくれてたからだ。「お願いだよ、置いてかないで……」返事は返ってこない。っていうのが俺の過ち。滑稽に見えるでしょ。
ここで泣いてる馬鹿が俺。そしてこれは全部俺にとって過去の出来事だ。俺という、どうしようもない惨めな存在がいた。隠す必要がないから、初めに知っておいて欲しくてさ。
今となってはすぐに分かることだけど、一刻も早く救急車を呼んでいれば。正しい応急処置に止血方法を知ってさえいれば。地球のことを人間のことを、もっと理解していれば、こんなことにはならなかった。それに、刺された理由もだ。
今となればそうだ。人間を治すことができるのはお前じゃなくて人間だ、なのに。
壊すことは簡単で、救うことができない。
この触手は、誰かを救う手にはなれないのだと。
「馬鹿だったなあ。」もう何度後悔しても戻ってこない。これが報いだというのなら、俺は。