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目次

「    」

俺は、いつものようにこっそりと抜け出して地球へ遊びに訪れていた。家族のように大切に思っている人間に会う為だ。
その当時、君はもう25歳になっていた。つい先日まで18歳だった気がしたのにな。人間の成長速度というのはあまりにも早いと思わざるを得ない。
再会を喜び合い、積もる話もあるとそのまま部屋に案内された。その先で、ある物を渡された。
それは……「なんだ……すげえ嬉しいよ。地球にはそういう文化が。」
「本来ならもっと前からお前に……  一番に伝えたかったんだ、だけど」
「大人になったね」
「当たり前だろ」
「なに、まだ数年しか経ってないよ」
「四年〝も〟経っているんだよ」
二階へ続く階段を登りながら、そんなたわいもないやり取りをしていた。座りながらゲームでもしようって話になっていた時だ。
コンコンとノック音が響く。この時点で違和感に気付くべきだったのかもしれない。
君は、彼女が帰ってきたものだろうと思ったのだろう。
「開いてるよ」そう言いながら咄嗟に立ち上がって部屋を開けた。しかし、そんな期待とは裏腹に全く違う人物が部屋の前に立ち尽くしていた。
一瞬にしてずかずかと部屋の中へと侵入していく。そのまま目の前にいた人物は、酷く冷静で物怖じせず何の躊躇いもなく、君を刺した。
床に倒れ込む君を目に焼き付けるように真っ直ぐ。その手に所持していた物は君が先程手料理を振る舞うと言って料理の際に使用していたのと同じ形状の、つまり食材を切るための道具。
気付いた頃には遅かった。それが起きてしまった。ついさっきまで話していたのに、君がこんな目に遭うなんて誰が予想できただろう。重力に逆らうことなくボタボタと水滴が滴り落ちる音だけが部屋に響く。シンと静まり返るほどの静寂だったからだろうか、嫌に大きく感じた。赤色。水滴。それは全て君に流れている血液だった。胸部を始めとして一瞬の内にして白いシャツを真っ赤に染めあげ、綺麗に掃除されたばかりの床に水溜りを作る。
声も出せない程の致命傷を負ったのか、声を上げられずに苦しむ君の姿を見て、今起きている現状が明らかに良くないことだと頭が理解した。なあ、唯月が何したって言うんだよ。
急いで君の傍に駆け寄るが、会話すらまともに出来ない状況でヒューヒューと必死に息をしていた。喋ろうとすればするほど、口から逆流した血液が溢れた。「大丈夫だ、絶対、助けてやるから……」ゆっくり仰向けにさせ、胸部を露わにさせると、深く抉れた痛々しい傷跡が見えた。人間の傷口が塞がる速度はとても遅い。その間にも感染症などを引き起こすのだと。布の一部を千切って上から圧迫するように傷口を塞ぐ。すると指が想像よりも簡単に体内へと押し込まれていく。恐ろしくなって手を離す。押さえる力が強すぎてはいないか。人間の肉体は繊細なんだ。こんなに乱暴に扱って良いわけがない。震える腕を抑え込み、触手を使って血管を探す。その間にも血が止め度なく溢れ続けており、その時の俺は不味いと思ったのか、ぎゅっと縛り上げて、血の巡りを妨げようと試みるも。「だめだ血が、血が、止まらない、」最善を尽くそうとすればする程にどんどん赤色が広がっていくようだった。
大丈夫、落ち着け。そう胸に手を当てて何度も自分に言い聞かせた。所詮人間の真似事。同じ場所に心臓なんかない。それなのになぜだろう。君が刺された所と同じ場所が痛むのは。全身が冷えていくような感覚になるのは。
知らなかった。人間の血がこんなに赤いだなんて。知らなかった。海が人間の血で出来ていたなんて。見慣れていた赤が、こんなにも恐ろしい。「まさか……  いや、な訳ないかさすがに。」
「なあ、このままじゃ本当に死んじゃうんだよ、そこで見てないで、一緒に助けてやってくれよ」
当然無視される。俺は、一体何をしているんだろう。暗いトンネルの中にいるようだった。無駄に思考を巡らす程に相手の体温も呼吸すらも弱まっていくように思えた。
思えば、人間が倒れてるところを見たことなかった。正しい人間の治し方なんて何も分からなかった。無知な自分に怒りを覚え、同時に後悔した。
「ああ……どうしよう。わからない……、なにも何も分からない……い、嫌だ、返事してよ。なあ戻ってきてくれよお願いだからさ」お願い、死ぬな。生きろ、生きろ。そう祈るように言葉を何度も繰り返す。足りなくなる。思い出す。俺の血を分け与えても、穴からだくだく溢れて流れ出てくる。
ここまで僅か数分の出来事。でも、この時間だけは今まで体験した何よりも長く感じた。酷く惨めだった。
自分の選択が、多くの選択肢を見捨てていたことに気付きもせず。いや、気付きたくなかった。そんなことしてももう無駄なことなんか。
その時、鈍い痛みが背中に走った。鋭利な刃物が貫いて、そこから自分の血液が流れていた。「お前も一緒に行けば、地獄。」刺された。ただそれだけ。それなら別にどうでもいい。自分の傷口の確認なんかしてる暇があるなら応急処置を。もはやなり振り構っていられない。やり返せば良かったんだろうな。でも何も出来なかった。仕返す気力もなかった。傷程度ならいつもすぐに塞がる。本来だったらそのはず。でも、それなのに今回ばかりは上手く再生されなかった。おかしいな。視界に赤に青紫が混じって頭に鈍痛が走り世界が傾いていた。……違う、俺自身が床に突っ伏していただけか。肉体だけが置き去りにされたまま駆け巡る思考。あっという間に終わってしまった。このまま俺もお前と同じになりたかった。薄れていく意識の中で駆け巡る映像はお前と過ごした楽しい思い出ばかり。今でも昨日のことのように鮮明に思い出すよ。俺にこの招待状を渡してきた時のお前の、あの顔を。今まで見た事もないくらい幸せそうだったな。
なのに俺はそれに相反していた。上手く笑おうとしてた。でもきっと、上手く笑えてなかった。
お前が俺に教えてくれた。〝人生を共に生きたいと思える人に出逢えた〟こと。細かなニュアンスは違うかもしれないけど、地球にはそんな奇跡みたいな存在に出逢えたことをお祝いする習慣がある。
それを聞いた時、ようやく理解した。理解するにはあまりにも遅すぎた。それはきっと俺にとってはお前で、そしてそう思っていたのはどうやら俺だけだった。ずっと傍にいたのに、そう思える人にやっも出逢えたという事実がなによりもの答え合わせになったというだけのことだった。
おかしいよな。身体のどこかに穴が空いたみたいだった。全ての言葉が、意味が、すり抜けていく。いくら空いてもどうにか一人で塞いできた。けど、唯一この穴を塞ぐ方法だけは今でも知らなかった。そして誰かの穴を塞ぐ方法も。〝このままずっと変わらないままでいられたら〟
という傲慢すぎる思考。変わらないものが永遠に続く気がしていた。今思えば、そんなこと無理で人間に与えられた時間は短くてあっという間だ。
お前は言ってくれたんだよ。こんな、俺みたいな奴に『それでもお前は俺にとって一番の友人だ』って。お前が俺を人間にしてくれたこと。今度は上手く笑えるようにするから。笑顔の練習するから。だから、もう一度逢いたいよ。それにお前にさ、こんな顔をさせることのできる人なら良い人なんだろうからさ。そこに俺は存在しなくとも、お前が幸せな夢見れたら、俺は。「……俺、俺も、お前の、結婚式に、連れて行って……」数分が経った頃、俺は何事もなく目を覚ました。傷口は元通りに塞がっていた。突っ伏していた身体を起こすと、床に滲む血液は赤だけになっていた。触れるとそこだけ冷たく、気付いた時には目の前にいた人物は姿を消していた。こんなこと誰が望んでいた。どうしてこんなことになってしまった。少なくとも俺は望んでいない。まだ諦められないまだ間に合うかもしれない。「唯月!」名前を呼ぶ。反応はない。
頬に手を添える。反応はない。
急いで一階に行き、ご飯を取りに行きご飯を食べさせてあげた。
口から溢す。
名前を呼ぶ。反応はない。
繰り返す。何もない。何もなかった。
何も。
「……あれ、俺。何してんだろ。」この時初めて人間の死に触れた。眠っているだけだと思い込みたかった、どうしようもない自分が部屋に一人取り残されていた。
この先に少しの希望もないことを。俺は生きてしまって、お前は死んでしまったことを。俺とお前は全く違う生き物だということを思い知らされたことを。それはきっと、俺が化物であることをお前が忘れさせてくれてたからだ。
「お願いだよ、置いてかないで……」見えるでしょ、ここで泣いてる馬鹿が俺。そしてこれは全部俺にとって過去の出来事だ。
俺というどうしようもない惨めな宇宙人がいた。隠す必要がないから、初めに知っておいて欲しくてさ。
一刻も早く救急車を呼んでいれば。正しい応急処置に止血方法を知ってさえいれば。地球のことを人間のことを、もっと理解していればこんなことにはならなかった。
今となればそうだ。人間を治すことができるのはお前じゃなくて人間だ、なのに。
この手は、誰かを救う手にはなれないのだと。「……馬鹿だったなあ。」もう何度後悔しても戻ってこない。これが報いだというのなら、俺は。

00話  出逢い

赤。
赤。
視界を覆い尽くす赤色を、今でも覚えてる。
大きな物音がした方へ振り返る。物音の正体を確認する為に。
「なんで……」途端、手からコントローラーが滑り落ちる。俺の視界が捉えたものは、あまりにも信じ難い異様な光景だ。そこには、床に力無く倒れ込んでいる君の姿があった。その日は、特に寝付きが良くなかった。
最近になって、また上手く眠れない日が続くようになった。原因は、やっぱり分からない。だけどこんな、眠れない日が続くことにだって慣れ始めていた。
ただただ目蓋を閉じるだけの動作を繰り返しても、無駄に時間を浪費してしまう。こういう時、無理に寝ようと意識すればする程余計に眠れなくなるというのがオチだ。
だからといって、天井と睨めっこし続けていても仕方がない。スマホは遠い場所にあるから……渋々上体を起こしベッドから起き上がる。向かった先は勉強机。スマホや小説などの娯楽は脳が興奮してしまうから、ノートに無心で〝なにか〟を書き綴るのが一番良い。電気を点灯しない真っ暗な部屋に月の光だけが差し込むが、それで十分だった。思い耽ると黒いシミのような文字たちが蠢き出す。俺には、隠れた絵の才能がもしかしたらあるのかもしれない。カチ、カチと秒針の刻む音だけが響いていた。将来のことなんか考えたくない。大人になるということが一体何なのか。それでもせめて、将来安泰な生活を送れるように少しでも良い大学に行きたい。明確な夢も、目的もないまま。ただぼんやりとそう思うだけ。でも、今は特に何もやる事もないから、これしか手に付けたくない。付けられそうにもない。参考書とノート……ではなく、これは先生に提出するもの。〝今日できたこと〟と、〝この先したいこと〟をまとめる日記のようなものだ。当然何も書くことがない。暫く続けていたら、あれから一時間が経過していた。実を言えば、特に何も書くことが無くなっていた。今自分が、何を書いていたのかすら覚えていない。余計な思考を巡らせすぎて頭が痛くなっただけだ。
されども一向に眠気は訪れない。寝たい時にこそ眠れないのはなぜだろうか。かくなる上は……そうしてゆっくり処方箋に手を伸ばす。あれこれと悩んでいたら段々と疲れてきた。集中力も切れてくる頃……俺は一体何をしているんだろう。
ああ、少しだけ休もう。カレンダーに大きく表記された4月。少し顔を顰めてしまう。今日は2日だった。
世界がぐらぐらしている。いや、これは、俺だけか。
顔を上げ、少しだけ空気の入れ替えをしようと窓を開けた。その時、偶然ベランダから見えたものは───流星群だった。煌々とした星々チカチカと点滅しながら墜落していく。それはまるで雨のようにこの街に降り注いでいく。形容し難い程に美しく、綺麗な光景だった。満点の星空が迫ってくる。こんなに星が手に届きそうだと思ったのは生まれて初めてだ。何よりタイミングが良かったのか、今日は満月じゃなかった……。よかった、と妙な所で安堵してしまった。眼前に広がる光景に吸い込まれるように、ふと思い立って、靴を履いて外に出る。あと少し、あと少しなんだ。あと少しで手に届きそうなんだ。そう思った矢先の出来事だ。
視界の端に何かが、いる。
……ああ、どうして俺は気が付かなかったんだろう。
街灯が何一つ点灯していないことに。
血生臭い匂いが周囲に纏っていたことに。
そして、真っ黒な影のような存在が目の前まで迫っていたことに。
見たくない。分かりたくなかった。ただそれは、目の前に俯向きながら佇んでいた。明らかに様子がおかしいことは分かった。その存在に気を取られていたら、流星群はいつの間にか消えて無くなってしまっていた。初めから流星群なんて、無かったのかもしれない。チカチカ点滅していた街灯がやがて点くが、目の前の存在の足元には影すらなかった。違和感の正体はきっとそれだ。その存在は、切り取られて貼られたように、明らかに背景に浮いていた。やがて不自然に伸びる影は、まるで意思を持っているかのように歪み、うねり始める。地面だけが歪んでいるんじゃない。ぐにゃり、と空間ごと歪んでいるような。それは自身が〝化物〟であると言わんばかりに。そんなこと現実にあり得るだろうか。目の前いる異様な存在が今ここに存在していることが。
きっと、俺がおかしいだけなんだろう。俺がおかしいから悪いんだろう。真っ先に自分の目を疑って瞬きを数回程してみるが、何も現状は変わらない。耳鳴りがする。蛇に睨まれた蛙のように、身体が硬直して動かない。金縛りにあった時のように。息をするのを忘れて瞬きすら出来ない程に。
だめだ。はあ、はあ、はあ。
その場から離れることすら忘れてしまう。でも、俺は、分かる。この存在に過去にも遭遇したことがある。あれは、あれは。
嫌でも察してしまう。気付いた時にはもうなにもかも遅かった。触手の存在を認識する頃には直前まで音もなく迫ってきていた。認識出来なかったのは、真っ黒で夜道の背景に溶け込んで見えなかったからだ。黒を認識しようと目が眩んだからだ。よく見ると蛍光色の、青紫の円状の模様が一瞬だけチカっと街灯に反射して発光して見えた。片脚が、本能的に後退ろうと動こうとする。しかしそれとほぼ同時に、相手の触手に行く手を阻まれてしまう。なす術もなく腕を強く掴まれ、ガクンと身体が動かなくなる。そのまま強引に引き寄せられる。その際に肩から腕に激痛が走り声すら出なくなった。体験したことのない痛みで一気に冷や汗が滲む。俺の最期は。どんな死に方をするんだろう。
今から、どんな殺され方をされるのだろう。
このまま食べられでもするのか。
ぐちゃぐちゃにでもされるのか。
それともあの有名な事件のように、内臓を抉られて、血を抜かれたりでもされるのだろうか。あれは結局、牛だけだったんだっけ。
なんて、それは。あの頃のSFの見過ぎなんじゃないか。
俺の人生はここで終わるのか。俺はこんなところで死ぬのか。今度こそ確実に殺される。死ぬ覚悟を決めるしかないのか。走馬灯が見えてくる。走馬灯が……。何もない。
何もなかった。
何もない人生だった。
何一つ成し遂げることができなかった人生だった。
頑張って思い出そうとしても、何一つなかった。
人生なんてものはこんなもんだ。なんの物語にすらならないものだった。
そうだ、本来だったらあの時に死んでいたのかもしれない命なんだ。後悔することさえ烏滸がましいくらい。ここで死ぬくらいが、俺の人生に相応しい。俺に与えられた幸福。丁度良かった。これ以上何も与えられる前に。
どうか。来世も、未来も、何もいらないから。
神様、せめて咲紀を幸せにしてください。死を覚悟して目を瞑る。しかし何も起こらない。恐る恐る、閉じた瞼を開ける。目の前の化物は俺が恐怖している様子を、下から上へ視線を移動させながらじっとりと見ていた。暫くの静寂の後。「逢いたかった、入間。」そうして、目の前の化物に寂しそうに微笑まれたのだった。耳に飛び込んできた声色は優しく、先程までの心臓を締め付けられるような緊張感が嘘のようにサッと引いていく。
さっきまでいくら目を凝らしても認識出来なかった者の姿をはっきりと視界に捉える。真っ黒な瞳と目が合う。その瞳には、恐ろしいほど何も反射しない。目の前にいる俺の姿さえ。
どうして俺の名前を知っているのか。どうしてそんな表情をされたのか。どうしてそんなことを言われたのか。どうして俺を殺さない。容易に出来たはず。なのに。その意図は読めない。皆目見当なんて付かないまま。ここまでの全てが一瞬の出来事のはずだった。なのに今、この瞬間だけ、時間がゆっくり流れているような錯覚を覚えた。ここで立ち向かう方がかっこいいのかもしれない。でも、俺は知っているんだ。本能的にだったのかもしれない。早く逃げなければ。そうだ、今しかない。今だ。今なら逃げられる。その時、先程まで硬直していた俺の身体は動いていた。踵を返して逃げると案外するりと簡単に離された。気付いたら俺は走り出していた。隙を突いてその場から逃げ出す。ただ今はとにかく逃げなければ。こんなところでまだ死にたくない。殺されたくない。
走って、走って走って。家までの真っ直ぐの道のりを無我夢中でとにかく走った。走っても走っても辿り着かない。帰路が、とてつもなく長く感じた。
ようやく辿り着き、全速力で家の玄関に駆け込み、ドアを勢いよく閉める。心臓が今にも飛びでそうな胸を抑えながら乱れた呼吸を整える。そのまま力なく額をドアに押し付けるように凭れ掛かってしまう。ハッとする。いや、まだ油断できない。俺は急いで玄関ドアを施錠する。そうして今度こそ落ち着くようにドアに頭を付けながらそのまましゃがみ込む。呼吸を整える。自分の心臓の音以外、物音一つしない。これでもう一安心……したのも束の間。その直後に絶望することになる。なぜなら、先程まで聞いていたあの声が今度は部屋の中からするのだから。「待ってよ、まだ話してる途中だよ」声のする方へ目を向けると、そいつは玄関を上がった先の部屋の中にいた。それを見て思わず声も出ないまま腰が抜けてしまう。ああ、もう既に遅かった。惨めだろうがなんだろうが、そんなこと考えられる余裕すらなかった。震えて立てない。完全に逃げ場を失ってしまったんだ。絶望的だった。なのに。「あのさ、ちょっとの間だけここにいさせてよ」それはまるで昨日まで友達だったような調子で話しかけてくる。
先程までの姿と違いその代わりに学生服のようなものを身に纏っていた。表情も打って変わって柔らかく、さっきまで血塗れだった姿はまるでなかったかのように、血生臭い匂いもしない。
そんな、突拍子もない提案に脳が処理しきれなかった。「困ってる。宇宙船がおかしくなっちゃってさ。俺一人でも帰れるんだけど、これでも一応許可を得て借りてる乗り物なんだよ。こーんくらいの大型のやつはさ。
今は自己修復中なんだけどね、もう少し時間掛かるみたいだからさ」
お願いをするように手を合わせて頼み込まれる。そいつは宇宙人であることを包み隠さず話した。
俺はどうしたら。心臓が鼓動が速まり、整え損ねた息が荒くなり、嫌な汗も滲み出る。身体の芯から震え上がるような恐怖だ。
「あれ、俺、そんな怖がらせるようなこと言ったっけな」そう困られたが、困っているのはこっちもなんだ。頭に思い描くものは、そのどれもが嫌な妄想ばかり。もしここで下手なことを言ってしまったら。選択を誤ってしまったら。俺はここで殺されてしまうかもしれない。一滴の汗すら逃さず監視されているような張り詰めた緊張感の中。そうだ、今なら何か提案を出来るかもしれない。それなら何を言うべきだろうか。慎重に言葉を選択しなければいけない。だがこれは交渉のチャンスでもある。絶対に逃してはいけないんだ。「それなら、」となんとか絞り出した声で告げた。
「人に危害を加えないと、約束してくれるなら。」
それを聞くと、なんの迷いもなく「いいよ。」と即答し、いともあっさりと条件を飲んだのだ。「ようやく落ち着いた?
郷に入っては郷に従え。俺さ、この惑星のルールあんまりよく分かんないから、色々教えてよ。」
ゆっくりと近付いてきては俺の目の前でしゃがみ、笑顔を向けられる。「なあ、大丈夫?立てる?」俺と相反している存在であるというのは、間近に迫られると明確になる。呼吸していないのか一切上下しない肉体、瞬きしない瞳、黒髪が強調されるようなコントラストの白い肌。光に当たる部分に青紫の蛍光色に見えた。そのどれもが作り物のようで、動かないとそれが生き物であることすら疑ってしまう。明らかに異質だった。明らかに人間ではないと思ってしまった。言ってることは事実だろうと。だけど、こうして意思疎通ができるだけマシだと思ってしまうのが嫌だ。見た目が悍ましい怪物ならまだ良かった。それなのに目の前にいるのは人の形をしている何かで、動けば違和感を感じない。だからこそ脳が錯覚してしまうんだ。「俺は、化野。これからしばらくの間よろしく。入間」と、目の前に手を差し出される。
聞き損ねたことが一つあった。だけど、その時はどうしてもそのことを聞けなかった。
それは化野から「ん。」と、きょとんとした顔で握手を催促されてしまったからだ。
恐る恐る、握手を交わそうとした。
が、その直後、ぐらっと視界が歪む。
……もしかしたら、自分が思っているよりもずっと疲労していたのかもしれない。途端、緊張の糸が切れたように意識を手放し暗転する。

01話 転校生

暗闇、静寂。俺は、星一つない無意識の宇宙空間にいた。目を開けないで、ただただ心地の良い浮遊感に身を任せて漂っていた。優しくて、穏やかな時間が流れていった。
そこに、あるはずの無い薄らとした白い光がぼんやりと浮かんでいた。手を伸ばすとそれは目の前で溶けてなくなった。夢の終わりをゆっくりと告げるように。
瞼をゆっくりと開ける。眩しさに眉間を寄せながら横目でそれを視界に捉える。白い光の正体が何かわかった。カーテンの隙間から柔らかな朝陽が射し込んでいたんだ。見慣れた自室の天井。カチ、カチ、と数分のズレもなく秒針を刻む時計。いつも通りの朝がそこにあって安堵した。……なんて、何考えているんだろう。そんなのは当たり前のことで、何を疑問に思うことがあるのだろうか。ああ、そうだ。昨日の夜の出来事を忘れられるわけがない。朦朧とした記憶の中で、なんとか一つ一つ思い出していく。ベッドの上で何度も思考を巡らせては、嫌な思考が渦巻く。
そうだ、昨日の出来事は。あれから一体どうなった?いつ自分はこのベッドの上に移動したのか、いつ寝巻きに着替えたのか。どうしても、何も思い出せない。
ただ確かなのはこの目で、あの存在を確認したこと。もしかしたら夢でも見ていたのかもしれない。いや、例えこれが夢であったとしてもあまりにも悍ましく二度と見たくない悪夢だ。なのに、嫌な汗一つかいていない。久しく、よく眠れた朝だった。
いくら思考を巡らせていても何も始まらない。
〝普段通りであればいい。〟今はそれだけでいい。今まで通りの、平穏な生活を送りたい。他に何もいらないから。
そう祈りながら、自室を後にする。とりあえず朝食を食べよう。いつも通りの朝なら何も起こらないはずなんだ。
そんな淡い期待を胸に抱いたのも虚しく、早くも打ち砕かれることになる。
漠然とした不安の中、覚束無い足取りでリビングに向かうと、そいつは平然と寛いでいた。そして何事もなかったかのように「おはよう」と挨拶をしてくる。
絶句してしまい、まともに返せなかった。
思い出したくない記憶が一気に蘇り、不快感だけが残った。
俺は化野と約束を守ることの交換条件にしばらくの間家に住まわせることにしていたんだ。
宇宙人と一緒に住むなんて最悪な気分だ。
過去に出逢ったあの宇宙人とはまた違った個体なのだろうか。触手を持つこの謎の生命体の恐ろしさを自分が一番よく分かっている。思い出して、無意識のうちに右側の額にある傷口に触れていた手をゆっくり下ろす。
絶望したところで昨日起こった事実が変わるわけでもない。こんな心情を安易に一度でも見透かされてしまえば一生漬け込まれる。宇宙船が直るまでの間だ。そこまで我慢して、今はただそれを淡々と受け入れるしかない。
アダシノ。確かどこかにそんな名前がある地域があった気がしたが、記憶違いだろうか。……仕方がない。そう大きく溜息を吐くと、
「溜息ばかり吐くと幸せ逃げてくよ」
そう椅子に足を広げて凭れ掛かり、ギコギコと音が鳴らしながら文句を言われたが、余計なお世話だと思った。
化野はそのまま家具を、主に電化製品を見ながら俺に話しかけてくる。
「地球って面白いよね。これなんか気に入ったよ。地球上のどんな物質で作られてるの?」
と、埃の被った小型の家庭用ゲーム機を勝手に取り出していた。それは久しく取り出していないもので、思わず、眉を顰める。
「人のクローゼット勝手に開けるな」
「え  だめだった」
条件に勝手に覗くなを追加した方が良さそうだった。リビングへ戻ると、化野も背後をついてきた。同じタイミングで椅子に腰をかける。丁度トースターからトーストが焼けた音がし、取りに行く。
冷蔵庫からバターを取り出して、こんがり焼けた食パンにバターを塗るとじゅわっと溶けていく。その様子を見て、
「それ食べ物じゃん」
「ああ」
化野は興味津々だった。まじまじと見られてしまい、食べ辛かった。
「待て」
受け入れたのなら、腹を括るしかない。宇宙人がお腹空くのか分からなかったけど焼いて渡してやった。教えてるか、これが〝おもてなし〟だ。
「いいの」
「別に。要らないなら俺が」
「や、いらなくない。ちょうだい」
ここまでする義理なんかないが、勝手に死なれても困る。まだ宇宙人に対して分からないことが多すぎる。化野は嬉しそうに受け取るとバターを塗りたくっていた。
「はは、おもしれー」
「食べ物で遊ぶな」
熱で溶ける固形物の様子が謎に面白いらしかった。
そうして他愛もない話をしながら、化野は色んなものに興味を示すように机に突っ伏しながら、指を指す。
「このデカいのあれよな、テレビだ」
「……」
「入間は?テレビしないの?」
「俺は、あまり」
「そう」
最近は、スマホのアプリや動画投稿サイトなどでお手軽に情報が手に入るからテレビを見る習慣すらなく、テレビの存在を半ば忘れかけていた。
それは誰かと一緒に見る必要がないからで、一人で観るならスマホで事足りてしまうからだ。
化野も暇そうに、くるくると机に指で何かをなぞっていた。
そうだな、たまには点けてみよう。
液晶テレビを点けると、視界に飛び込んできた情報に心臓がドキッとする。見たことがある景色。いいや、俺の見慣れた街、南月影市がニュースに流れている。地方の番組でもない。全国的なニュース番組で、昨晩この街で事件が起きていたことが大々的に報道されていた。頭がぐらぐらした。息を呑む。内容は〝数分の間で数十人が一度に変死した〟というもの。無差別大量殺人。電波ジャック。複数犯による犯行だとも囁かれていた。
依然として証拠は何もなく、現場に残された犯人の手掛かりすらもない。そんな事件がこの家の付近で起こっていた?思考を巡らせ昨晩の出来事を整理する。
「そんな、昨晩この街に……」嘘みたいで、フェイクニュースなのではないか。しかし、これはテレビに全国的に放送されているもので、より現実味を帯びてくる。
数時間前に遡る。俺は気付いていなかったがあの日の夜、同時刻にこの街とは別の場所で事件が起きていた。そしてこの事件は、俺が化野と遭遇した時刻と丁度重なる。
化野がここにきた理由は宇宙船が壊れたからだが、タイミングが良すぎて無関係なんて方がおかしいと思えるくらいだった。そうなると、余計に化野への疑心暗鬼が募る。ここに存在していること、それだけで怪しく思える。
化野に何か知らないか聞いてみたが、化野からの返事は「そんなことあったんだ」と、そう言い放ち何事もなく、見様見真似で先程のトーストを口に運ぶ。動揺すら見せない。そうだよな、仮にもし化野が犯人だとしてもそんな簡単に話すわけがない。疑いたくはないが、疑わざるを得ない。化野はその後、真剣にニュースを見ていた。正直なところ、化野がこの事件に少なくとも関与していると思ってしまうが、確たる証拠が何一つない。それは自身の記憶すら定かではなく、物的証拠すら持ち合わせてないからだ。逆にアリバイを探してみる。俺が化野を見かけた時刻とピッタリ重なるのなら、俺がまさに証言者になる。現場にいることはあり得ない。でも化野は宇宙人なのだから、分裂したり、瞬間移動するなんてものはごく簡単で、可能なんじゃないか。宇宙人に、どの程度の能力が備わっているのかまだ何も分からないけれど。少なくとも、あの、触手の存在だけは。あれは、簡単に人間を拘束して、ぐちゃぐちゃにすることができる。少なくとも俺はそれを見たことがある。そして、素早くなぞられただけで額に、抉れる程の傷が残った。昨日化野は確かに血塗れの姿で俺の前に現れた。〝逢いたかった、入間〟……あの声も、確実に化野そのものだった。
あの騒動に紛れて逃げてきた可能性もある。むしろ被害者の可能性もある。それなら、知らないフリをする必要がない。化野にとって人間が脅威になることなんてあるのか。
暫く様子を見ていたが、まるで何の興味もないといった様子で怠そうに椅子に凭れ掛かってニュースを淡々と眺めているだけだった。そればかりかどこか他人事のようだった。化野は俺の視線に気付いたのか、至近距離まで近付いて目を合わせてきた。驚いて反射的に身体がビクッと仰反るように反応する。「もっと近くで見たいんじゃないの」
と、そのまま目を細めて微笑まれたが、全然的外れでそんなことなかった。
「でもさ、分かるよ。こういうの朝から見てると気が滅入るし不安なるもんね。」
と言ってはぐらかされてしまい、全く話にならなかった。
化野、この事件に関与してるのか。そう聞こうとした時だった。時計の針を確認して焦る。そうだ今日は少しだけ早めに登校しなければいけない。俺は生徒会長を務めることになって、新学期には全校集会があるからだ。その時、化野が横から話し掛けてくる。「入間、どこ行くの」
「学校」
「俺もそこ行きたい」
「……」
「大丈夫俺に任せて」
化野は俺と同じ学校に通いたいと言い出し、転校生として新学期から同じ学校に通うことになった。
正直、こんな不信感を残したまま目の届かないところで何かをされたらたまったもんじゃない。俺は化野を監視する必要がある。
昨晩の事件は全国的なニュースになり、大々的に取り上げらたものの、全校集会で集団下校の指導が入るだけで、生活に大きな変化が起こるわけでもなかった。事件現場付近の高校は、今俺が通ってる月世高等学校学校と、エリート校と名高い名門の星彩学園だけだった。
「よし、新学期からこのクラスの仲間になる転校生を紹介するぞ」黒板にこれでもかとデカデカと名前を書き出す。「後ろの人見える?あだしの。あだしのでいいよ。漢字だとこうだよ。化野。みんなよろしく」黒板消しで豪快に消す。チョークの白い粉が舞い、担任は酷く困惑していた。
「化野、名前は」
担任は様子がおかしく、名簿を何分も凝視していた。
「呼ばなくていいよ、せんせ」
クラスは騒ついた。「え?いいの?」という声にただ「うん」と頷くばかりだった。正直変なこと言い出しそうで見ていてヒヤッとする。
「突然この街に引っ越しすることになったらしいから、みんな仲良くしてあげてくれ。」
「だってさ。」
なんて先生に合いの手を加える。なんで他人事なんだろう。
「まあいいか……自己紹介も済んだな。よし、じゃあ今日から化野の席はあそこだな」
「はーい」
教壇を降りてスタスタ歩いていく途中、とある席を横目で見ながら化野はピタリと静止する。そのまま俺の隣の席の女子生徒に耳打ちする。
「ね、後で席代わって」
そういうと、隣の席の女子生徒は少し動揺したあとで「私は別にいいけど……」と二つ返事するのだった。
化野の席が、最後列の特等席だから嫌がる理由がなかったのだろうか。
化野はその後、『色んな事情があってここに引っ越してきたから、教科書持ってなくてさ。教科書届くまでは入間に借りるって話してるんだよね。ほら、その間隣の子に借り続けるの悪いしさ』と説明した。なんで俺が化野に教科書を貸すことが前提条件にあるのか俺自身も分からない。席を交換した女子に「悪い、超助かる。ありがとう」と、笑顔を向ける。感謝を伝えられた女子は気にしないでと寧ろ喜んでいた。それは確かに一応理に適ってはいるが、何してるんだ。洗脳を掛けられているように言う事を聞くのだから、気味が悪いとすら思ってしまう。何をしても完璧で、愛想が良く顔も良い化野は、転校初日からすぐにクラスに馴染んだ。それだけではなく、化野は突拍子のないことを言い出した。「天気予報だと晴れみたいだけど、午後から雨降るよ」
「数学の教師、風邪引いてるから自習になるよ」
「ここの部分テストに出ない。」
「この花瓶そろそろ割れそう。変えた方がいい」
突然そんなことを言い出すもんだから、みんな最初は半信半疑だった。だが化野の発言は嘘のように当たる。まるで預言者みたいだとクラスの生徒は化野の周囲を囲い出す。宇宙人は予知までできるのかと、そう化野に聞いてみても、
「さあ」
と適当なことを言っては、椅子の背凭れに寄り掛かって、ボーッとしていた。その姿はあまりに自由人すぎた。
化野は何をしても、なんでも出来た。いつもどこか飄々とした態度で余裕そうに笑みを浮かべていた。化野がすることなす事、何をしても全部上手くいく。鼻に付くくらいに。その姿はなんだか化物じみていた。「なあやってよ、いつものさ。」
そうやって半笑いでカメラを構えられていたけど化野は「なんで」という疑問も、何一つ文句も言わず、だけど生徒に見向きもせず淡々とこなす。おいクラスの奴らもそれで再生数でも狙うつもりか?それはなんか、見世物みたいだと思った。
化野は、一頻り人間に構った後は決まって必ず俺に話し掛けてくる。
だからだろうか、「化野くんと何か深い関係があるの?」と質問責めされる毎日でうんざりだった。化野の近くにいることで、結果的にこっちにも被害を被っている。だからもうこっち来るの正直やめてほしい。せめて、校内では関わらないで欲しかった。
移動教室なのに教室に化野が一人でいた。机の上に座って何をしているのか。それとも移動教室の意味を分かってないのかもしれない。あまり二人きりになれる瞬間がないから今伝えておくのもありだ。先程のことを忠告しようとして化野の肩を叩こうとした時、化野は俺の心を読んだかのように先に口を開いた。「入間、目立つの嫌じゃん。だから俺が代わりに目立ってあげようかなってさ。」俺の姿なんか何一つ見ずに俺の気配を察知したのか、化野は机からガタンと降りると、突然くるっと背後を振り向き、目が合う形になる。余計なお世話だった。そう言うよりも前に化野は、ズンズンと躊躇いもなく俺の顔の直前まで近付いていき、そのまま胸部に人差し指を充てがう。人差し指の腹で這わせるようにゆっくりと胸部へ撫でた。それだけで全身が固まって動けなくなった。息が出来なくなる。「……ッ」下から上に触られ、あまりの気持ちの悪さに全身に鳥肌が立つ。化野はその様子をじっとりひとしきり見た後で俺の胸ポケットからゆっくりスマホを取り出し、誰かの席の椅子にズンと触ると、そのままゲームをし始めた。化野には俺の行動全てを見透かされているようだった。「化野、移動教室」
「一緒に行こーぜ」
……だから。だから宇宙人は嫌なんだ。気味が悪い。化野は知的生命体で、まだこうしてまともに会話が出来るから少しだけマシだと心の中で錯覚してしまうだけで、その正体は宇宙人なんだ。異星人だろうが、言い方が違うだけで関係ない。宇宙から来たことに変わりない。化野がもし別個体だとしても、俺はまだ、宇宙人という存在を好きにはなれないんだ。ただ化野のことを宇宙人だと周囲にバラしてしまえば、なんだか俺まで共犯者みたいになるような気がして何も言えなかった。宇宙人だと言って信じて貰えないことぐらい分かっている。逆に俺が不利な状況になることを、今更になって悟ってしまった。それでも、殺されるよりマシだった。こいつが約束を守る補償なんか何もない。なんであんな契約みたいなことしてしまったんだ。こんなんだから、いつまで経っても俺は……。その後も化野は従兄弟だと平然と嘘をついていたが、面倒くさいからそのまま話を合わせておいた。化野はこの学校で唯一学ランを着ていたからかとても目立った。相変わらず周囲にちやほやされても特に感情を示さなかった。まるで空気のように。
群衆を掻き分けて化野が話しかけてくる。
性懲りも無く今日も「入間も一緒にお昼食べよ」
という誘いをしてくるが、断っていた。
せめてお昼の時間くらいは一人でいたい。今の化野といればもれなく他の奴らも一緒に付いてくるだろうし大人数が苦手な分鬱陶しくも思っていた。
そんな日々が続いたある日、化野が俺に聞いてきた。「どうして俺と一緒に食べてくれないの」それは、お昼のことを言っているんだろう。分からないのか。分からないんだろうから聞いてくるんだろうな。そう聞かれたら素直に伝えてやった方がいいのかもしれない。「誰かと一緒に食べたいなら他の奴と食べてくれば良いんじゃないか」
そう言うと、化野はそれを聞いて笑っていた。
「そっか、こういうのじゃあだめか。だめなら別の方法があるよ。」
そう言って逆方向に歩いていった。
───あれから、二週間が経とうとしている。化野は学校にも慣れてきたようで、しかし相変わらずクラスの人気者だった。笑っていれば、普通の人間の様に溶け込んでいた。そんなある日、騒動が起きてしまう。その日は体育。目が合えば歓声が上がる。いくら走っても疲れたという表情すら見えない。全くスタミナ切れという概念すら無いと言わんばかり。化野は何をしてもずっと楽しそうだった。はあ、はあ。なんだよこれ、これが宇宙人か。宇宙人を前にしたら人間は弱いのか。いや違う、俺が弱いだけだ。「入間、おつかれ」息を切らした俺の前に、周囲などお構いなしに平気で近寄って話し掛けてくる。いい加減やめて欲しかった。それでも化野には、ずっと周りなんか見えてないみたいだった。……何を言っても変わらないんだ。面倒になった。もはや、気にする必要なんかもうない。グラウンドから教室に戻り、休み時間になった。相変わらず化野の机の周りは人で囲われていた。化野は気にせずゲームをしながら応答する。その発言もまた即席ででっち上げた嘘なのだろうか。宇宙人には過去も家族構成もない。仕方ないにしても罪悪感くらいあってもいいだろう。しれっと俺のスマホが勝手に盗まれていた。そんな時、聞き馴染みのある声が聞こえた。それはもう、数年ぶりだろうか。一瞬、自分が呼ばれていたのかも分からなかった。だけど。「いーくん!」俺のところに駆け寄ってくる人物を、視界に捉える。違和感。この視界に収まっているもの全てが歪とさえ感じる。そんな錯覚に陥る。この瞬間だけ時間がゆっくり過ぎていく。音が遮断されて耳に入ってこない。脳が錯乱しているのだろうか。なぜならそれは、絶対にこの場所で見ることのない姿だったからか。視界の端に化野が来ていた。化野が笑顔で近付いてくる。なんだ。俺の視界には化野の姿があった。それを見ていた。ただ見ていた。「はは、みっけたわ」次の瞬間、頬を叩いたようなバシン、という激しい音が教室中に響き渡ると共に、その人物は床に倒れていた。それとほぼ同時に、教室に叫び声が上がる。一瞬の出来事だった。あまりの光景にクラス中が戦慄し、化野から離れていく。そして何よりも、化野は卯崎の前にしゃがみ込んで、もう一度、追い討ちをかけるように手を振り上げたからだ。「化野!」咄嗟に俺が名前を叫ぶと化野は少し止まる。その隙に、俺は化野の手を掴んで取り押さえた。状況を理解するのに精一杯だった。化野が下級生の女の子に突然暴行したのだ。教室の中心で起きたそれに、周囲は蜘蛛の子を散らすように化野から離れた。その時の化野は明らかに普段とは様子が違かった。少し感情的で表情には分かりやすく動揺が現れていた気がした。
普段のあの余裕のある表情とは一転、今まであんなに表情一つ変えなかった化野が。行動理由は何も分からなかった。初対面なのだから。
彼女の頬を、化野は思い切りなんの躊躇もなくぶっ叩いたんだ。そしてその勢いで、体勢を崩した彼女は、そのまま床に蹌踉けたのだ。
人がその場に倒れるくらいって、一体どのくらいの強さなのだろうか。もし机の角が頭に当たっていたらどうするつもりだったんだ。
すぐに化野を止めたが、動揺しているのは俺も同じだった。
そこには卯崎がいたからだ。
「卯崎」ここに、いるはずのない従妹の存在がいたからだ。卯崎は、俺の一個下の従妹で、数年前に宇宙人に襲われて以降、植物状態になって入院しているはずなんだ。だから、こんなに動けるはずがない。事の経緯を説明すれば長くなるが、卯崎は幼少期から病弱で足が不自由。友達もおらず、学校にもろくに通ったことがなかった。
その日は、七夕に満月という数十年に一度しかない、奇跡の日だった。
高校一年生の七夕に両親の代わりに親戚である入間が外出許可を得て満月を見に行こうとしたが、そこで運悪く宇宙人に襲われてしまう。
そして卯崎だけが重傷を負い、そのまま植物状態になってしまったのだから。……俺はその日のことを一日たりとも忘れたことなんてなかった。
「うう…ごめんね。貴方も、あの、……びっくりさせちゃったよね」卯崎は変わらない笑顔を見せてこう言う。卯崎は突然暴行を振るわれた被害者なのだ。それなのに、思いやる心があると言うのだから。だけど、その肩は恐怖で震えていた。泣くのを我慢するように唇をぐっと噛んでいた。
その後化野に向けられていた視線はすぐに俺の方を向いた。俺は卯崎とバチっと目が合う。
「……そうだ、あ、あのね!」俺と目が合うと慌てて立ちあがろうとする卯崎だったが、足を崩してその場に転倒してしまったのだった。その足首は、まだ歩くことに慣れてないとでも言うばかりに、変な方向を向いていた。
卯崎はそれを隠すように手で覆っていた。目は泳ぎ、必死に、言葉を探しているようにも見えた。
一体、何が起こっているのか。その場に居合わせた生徒は状況を把握できずにいた。卯崎は、ずっと俺に何かを伝えたそうにしていた。その時偶然先生がその場に居合わせ、騒動は一旦収まった。
卯崎はそのまま教師におんぶされて保健室に運ばれていった。化野も連れて行かれていた。
教室は静まり返り、そうしてまたガヤガヤと賑わっていく。何事も無かったかのように着席し、授業が始まった。化野は、居なかった。俺は、江國から話されたことを思い出していた。そもそも俺は、卯崎の行きつけの病院の緊急連絡先に登録されている。何かあれば、真っ先に先生から連絡がくるはずだからだ。でも、着信を確認しても、何も無かった。なぜ両親ではなく俺なのかといえば、卯崎が少しばかり複雑な家庭で、簡単に両親とやり取りが取れない状況にあったからだ。小さい頃から、その仲介人として親族である俺がいた。卯崎の母親は母さんの妹に当たる人、伯母さんとは昔から仲が良かったからだ。
卯崎は昔から病弱ではあったものの、症状が悪化したのは、両親が過保護であったことで、家から出させて貰えなかったからだ。
俺も、しばらく病院に行けてなかった。行くのを躊躇っていた。忙しいのもあったけれど、それだけじゃなかった。卯崎は俺のせいで目を覚まさなくなったからだ。俺が病院に行くと、必ずヒソヒソと看護師に叱言を言われた。これも慣れた。俺が悪いんだから何か言われても仕方ない。病院に向かうと先生と、その隣には幼馴染の江國がそこにいた。「入間くん、来てくれてありがとう。」
江國は俺の幼馴染だ。いつ見ても綺麗だと思う。
そこで江國から、クローンの研究に成功したこと伝えられる。最初は何を言われてるのか分からなかった。それはあまりにも耳を疑うような話だった。これは江國の父親の研究の手掛かりとなる大きな進歩であり、人類にとって、今後大きな第一歩となると話す。しかしこれは試験的なもので、もし本当に成功したのであれば、成功例として、そしてこれから賞を受賞するのだとか。だからまだ世間には知られていないものだという。今後出逢う彼女は卯崎を元にして作られたクローンで、今はまだこの肉体に適応できるか不定であるとして、オリジナルの脳信号を受け取って動いてもらうように受信装置を着けているらしい。江國は神妙な面持ちで口を開いて「手術が成功して治ったことにしていて欲しいの」と協力をお願いをした。そして、卯崎の脳からいくつかの記憶を消したことを同時に話される。一つは、植物状態になる直前の記憶。
二つ目に、子宮を失った原因と、そして自傷行為をする元となった記憶。
「肉体に残されていないのだから、これらは必要のない記憶よ」これも、肉体と記憶の齟齬を無くす為だと言う。
江國は背後を振り返りながら「入間くん卯崎ちゃん。辛かったね。でもこれからの人生、二人には前を向いていて欲しいから。」と、そう言い残して部屋を後にした。
卯崎の夢は学校に通って、友達をたくさん作ることだった。卯崎には、俺と同じ学校に通えるくらいの知能があり、特別な許可を得て通っていた。その辺の事情は、江國が関与していそうだった。そうして齟齬がなくなればいずれ、脳移植などを検討する予定だという。可能性は捨てきれないが、少し怖い気がした。
永遠の肉体を手に入れられたら、人間は宇宙をも凌駕できる、そんな時代が来ると。
江國の父親が有名な研究員だというのは聞いていたけど、一度も顔を見た事がない気がする。江國が何を研究していたのかもすら知らなかったから。
……夢のような話だけど、現実味がなさすぎて、何一つ受け入れられる準備なんて出来ていなかった。実際、卯崎を前にしても、脳が処理出来ていないんだから。
化野は騒動後、案の定孤立した。あまりにも心が読めなさすぎるところが、まさに「宇宙人みたいだ」と言う輩も出てくる始末だった。それはそうだろう。転入して早々、後輩の女の子を平手打ちして転倒させるような奴だ。以前のように話し掛けてくる奴は疎か、いじめてくるような勇敢な輩も現れなかった。これが本当の孤独だろうか。化野に話しかけられた人は、みんながみんな怯えた。最終的には無視をし始めた。
そして、この時の騒動はクラス内だけでは留まらず校内に広まっていき「女の子に手を出した男」から「女の子に見境もなく手を出す男」のようなやたら捻じ曲がった解釈の内容の噂が広まっていった。こんなレッテルを張られてしまえば、前を向いて歩けないだろうと思ったが化野は堂々と廊下を通っていく。要注意人物に「学ラン着てる男はヤバい奴だから気を付けろ」だけが歪曲して伝わっていった。化野だけがこの学校で学ランだから余計にだろうが、学ランが思っている以上に悪目立ちしすぎていた。
幸い、被害者である卯崎が「びっくりさせちゃったから、自分にも非があったから…」と、全く悪くないにも関わらず化野を擁護したお陰か、謹慎処分にはならずに済んでいるというわけだった。
こういう奴は一度痛い目に遭わないといけない気もしたが、被害者本人がそういうならとその場は収まってしまった。当人同士で解決されていても噂というものは一生消えることはない。
全てが自業自得だ。女子生徒に酷いことをしたのだから。大勢の人間から非難を浴びたことは言うまでもない。
たまたま教室を通りかかったら化野を囲っていた人たちは姿を消していて、そこにはポツンと黒があった。
いい気味だと思った。だけど化野は、どれだけ孤立しても非難されても、相変わらず何一つ表情を変えず、周囲を気にも止めず、いつも通りだった。その心の内側が何も読めなかった。
それどころか怒りも悲しみも虚しさも、今何を思って何を考えているのかも何も分からなかった。
いつも少し、遠くを見るばかりだった。その後、一人のクラスメイトからこんなことを言われた。
「生徒会長がいなければ、もっと酷い状況になってた。勇気を持って止めてくれてありがとう。」
そう言われた。
そんなこと言われても、何も嬉しくなかった。あの場を収めたのは、本当に俺だったのか。俺は確かに止めた。俺の声で、化野が止まった。だけど化野なら俺の腕を払い除けることも出来ただろう。触手の威力を知っているからか、あの時、明らかに力を抜いていたことが分かった。わざとかと思ったぐらいだ。
疑問なのは、あんなに周囲に興味すらなかった化野が、なぜ卯崎にだけあんなことをしたのか。
思えば、俺はまだこいつのこと何も知らないな。
化野のこと、そして卯崎のこと、この街に起きていること。
この数週間の内に目紛しく過ぎる日常に心がついていくのがやっとだった。まさかこれが、高校最後の春になるのだろうか。
「入間、一緒にお昼食べいこ」それがさも当たり前みたいに、そう昨日と同じように笑いかけてきたから、無視しようと思った。なあ、本当に反省しているのか。あんな凶暴性を見せ付けられたら、やっぱり人間にとって害のある生物であることは確かだ。こんな奴と仲良いことで、周囲に何か思われるのも嫌だった。だけどその前に一つ聞いておきたい事もあったんだ。「約束、破ったな。どうしてあんなこと。」
「どうしてだろう」
「人を傷付けないって言ったはずだぞ。守れそうにないのか。守れないのなら、家から出て行ってくれ」
「入間がそう言うなら、そうするしか」
それを聞くと少し俯く化野。その、いかにも反省してます、みたいな態度にも飽々だ。化野は質問に答えたくないのか、子供みたいに突っ立って口を噤んだままだ。卯崎に対してあんなことをするなんて、何かの間違えだと思いたかった。興味を示したのが「どうしても言えないのか」
「…… ……今は」
「はあ」
なんだよそれ。溜息が出る。手を差し伸べてもこのような態度を取り続けるようなら、誰もお前のこと救ってくれる奴なんかいなくなるだろう。……でも、まあ。「いいよ。」
「え?」
「お昼だけ」
元々、俺は人混みも大人数も好きじゃないし。それに少しはコイツも懲りただろう。何かあれば俺が叱ろうか、とか人が良いことをするつもりもないけど、周囲に人がいない今は以前より幾分もマシに感じた。化野は俺の返答に、目を細めて嬉しそうに笑顔を向けていた。だからといって許しているわけでも、卯崎にしたことを無いことにするわけでも、もちろんこいつと一緒にいたいわけでもない。でも、あの時の宇宙人のことが許せないからこそ俺は、宇宙人のことを知らなきゃいけない。何を考えているかも分からない状況で、野放しにしたらどうなる。誰かが殺されるかもしれないし、もっと最悪なケースが起きるかもしれない。
俺がいることで、化野の行動を制限出来ているのは確かなんだ。卯崎に手を上げたことは許されないことだが、化野は、俺の約束を少なからず守っているように思えた。
使命感はないけど、ついでに、この街に起きた事件の化野が犯人であれば、証拠を掴めるチャンスかもしれない。それに化野の宇宙船が直るまでの間だ。それが済んだら、今後は化野と話すことはないだろうから、これもきっと今だけ。
その日、俺は初めて校内で化野と一緒にご飯を食べた。

02話  幼馴染

星彩学園の生徒は、始業式後から一学期の中間テストに向けての準備が始まる。今年もたくさんの生徒が勉強をしに図書室へ集まっている。ここで如何に早く勉強を始めるかで順位が決まると言っても過言ではないのかもしれない。思えば、研究に明け暮れるばかりで参考書に手を付けられていなかった。だって楽しいんだもの。でも趣味に没頭して学業を疎かにしてしまうのは良くないことよね。お父さんもきっとそれを望んでいないはず。私もテスト勉強始めましょうか。だけど今の時期、図書室は混んでいて何処にもゆっくり勉強できる場所がないのよね。その時、一人の女の子に声を掛けられる。
「江國さんお元気?」
そう、彼女は……
「あら、栂宮さん」
学年二位の生徒の栂宮みおりさんだった。とても珍しい苗字だからか、別のクラスだけど彼女のことを私は覚えていたの。何度かお話しする機会があったこともあって、時々廊下ですれ違うとお話しすることがあった。「貴方も次回のテストに向けて勉強始めていらっしゃるの?」
「あら、そう思っていたところよ」
「随分余裕そうね。強者の余裕?」
「あらどうして?栂宮さんだって十分、勤勉に努めていて凄いわ。」
「なっ……!あたし貴女に負けてるのよ?馬鹿にするのも大概にしなさい。」
「ええ、そんなことないわ。」
「江國さん、次こそは必ず貴女に勝つわ。見てなさい」
そう宣戦布告されてしまう。
「次こそ栂宮さんに追い抜かれてしまうわね。」
「当たり前よ。」
「ふふ、可愛らしい人。楽しみにしてるわ。あらそうだ、栂宮さんこれから一緒に…どうかしら?」
「結構よ。」
そんな会話の中でとあるニュースが聞こえ、視線を奪われる。学校に設置されている大きなモニターは電光掲示板のような役割りがあり、常時ニュースが流されている。生徒たちはみんな鍵付けだった。「これ、今朝のニュースの」依然として4月2日に起きた事件が連日で報道されていた。あれは、「ねえ例の事件、この街の付近で起こったみたいね。映像自体がデマだという噂もあるみたいだけど……。また同じような事件が起こったらなんて思うと恐ろしいわ。この街の事件だもの他人事じゃないものね。栂宮さんも気を付けてね。」そうして彼女の方に目をやると、なにやら様子が可笑しかった。その時ばかりはいつもの彼女とは違った。「栂宮さん?なんだか顔色が悪いけど大丈夫?」
「あたし……、いえ、何も。」
「そう?何かあったらすぐに教えて欲しいな。」
栂宮さんは突然固く閉ざしていた口を開く。
「まだ警察が事情聴取に来ていないから、まだ誰にもこのことは話してないんだけど。」
その時に、彼女の神妙な面持ちで唯ことでないことを察したの。
「一体何があったの?」
「信じて貰えるか分からないけど、あたし…現場にいたの、そこで、殺されかけたの。」
話している内にあの事件の目撃者であると吐露したのだ。彼女とは、よく話す事があったが、まさかあの事件の生き残りだったなんて。ニュースでは、容疑者と思わしき人物は、亡くなっているはずだった。
そう、ニュースでは誰一人残されていないって聞いていたのに。
「触手が生えた化物だったの。」
「触手が……生えた?」
最近同じようなことを耳にした。なんだったかしら。確か……。そういえば、入間くんも見た事があるって言っていた。詳しいことを聞こうにも、逃げることに必死で容姿など何も覚えていなかったと言う。一つの提案をした。「あのね、私に幼馴染がいてね、その子も栂宮さんと同じような事を過去に言っていたの。」
「それは本当なの?」
「分からないわ。でもね、それがもし本当なら、オカルト研究部の人たちに聞いてみるのはどうかしら。」
星彩学園オカルト研究部の部長は片瀬くん。以前彼にそのことを話したことがあった。確かあれは一年前くらいかしら。「オカルト研究部って変わり者しかいないって聞いたんだけれども、本当に何か分かるかしら。」
「手掛かりになればいいなって思ったの。」
そうして片瀬くん、恋森さん、栂宮さん、と話し合うことになった。私は栂宮さんの話を聞いて心当たりがあった。幼馴染の入間が、過去に同じように主張していたことがあった。
信じられないけど、幼馴染も同じようなことを言ってたことがあったことを片瀬くんに伝えると、
「なるほど……僕が思うに、それは宇宙人の仕業だと思うんだ。」
「貴方、何を言い出すの?」
「栂宮さん、気持ちは分かるわ。でも彼は本気だと思うわ。」
【事件】については以下の通り。
① 数分間で数十人が殺害された事件。死因や断面、状況などから人の犯行ではあり得ないとされており、動物によるものかとも話されているが証拠不十分。
② 数ヶ月が経った今でも犯人は見つかっておらず手掛かりさえ残されていなかった。犯人が複数人いるんじゃないかなどの憶測が飛び交っていた。
③ 監視カメラが全てその瞬間だけ映像が乱れており、電波ジャックされた可能性がある。その間数分に満たなかったという。
「夢かもしれないって思ってたんだけど……」
「それってやっぱり宇宙人がこの街に来たんだよ!」
「はあ」
目を輝かせる片瀬くんに、栂宮さんの顔は強張っていた。普段から変わってる人だとは思っていたけど、ここまで変わり者だとは思わなかった。「私の他にも、兄と妹が一緒にいたの」
「栂宮さんには、妹さんが?」
「ええ、私と同い年の双子の妹よ。別の学校に通っているの。」
「それって入間くんが通っている月世高校の?」
「なるほど、月世高の生徒なんだね。」
「妹は、あの日以来宇宙人と人間の恋愛を題材にしたような漫画を描き始めて……きっと、可笑しくなっちゃったんだわ。」
「それは…興味深い話だね。」
「妹が、膝に擦り傷のような怪我をしているのを見て、夢ではないかもしれないって思ったの……それに、」
栂宮さんは苦虫を噛み潰したような表情をした後に声を絞り出して伝えてくれた。
「……それに、あたし……ッ、あたしたち姉妹を助けようとして……!」
それを聞いて、片瀬くんも息を呑んだ。全てを察してしまった。
「栂宮さん落ち着いて。」
「……ごめんなさい、取り乱して。兄は、とても勇敢で偉大だったわ。私たち姉妹を庇ってくれたの。私は、とにかく無我夢中で妹の手を引いて必死に逃げたの。追ってはこなかったわ。」
「お兄さんのことは、気の毒だったね……僕らだっていつ被害者になってもおかしくないんだ。」
片瀬くんはメモに走り書きのように何かを書き綴っていた。
「身体的特徴は何かあったかい。」
「夜で見辛かったけれど、あれは確かに触手みたいだったわ。」
それが存在している時点で、人間でないことは確かだった。
「その時、一瞬だけ街灯が全て消えたの。停電みたいな感じになって、それで。みんな、叫び声が出ないように首を切られてた。視界に何も見えなくなって足元も分からなくなったの。真っ黒な影に見えて…もしかしたらフードを被っていたのかもしれない…」その時恋森さんが言葉を発した。
「あの……もしかしたら、」
片瀬は名前を呼んで、恋森に耳を傾ける。
「うん、なるほど。電波ジャックされていたわけではなく、街灯が全て消えたから何も映らなかったのかもしれないと、彼女は思ったみたいだ。でもそれでは辻褄が合わない気がするね。それなら被害者が写ってないことが不自然だ。それに映像自体が乱れているのもニュースで報道されているからね。そんなことはないのかもしれないな。」
片瀬くんはあらゆる局のニュースを全て網羅して何度も巻き戻して映像を再生していたから全て覚えているのだという。
「入間くんが言っていた特徴がもし栂宮さんの言うものと一致していたら宇宙人の可能性は高まる気がするわ。」
「その江國さんの幼馴染くんも、ぜひ紹介してくれないかい。」
「ええ、もちろん。今度話してみるね。」
帰る方向は殆ど一緒なのだから、入間くんと話せるかもしれない。入間くんと最後に話したのは、この間のうさちゃんの件。それ以来だ。「ふふ、楽しみだわ。」地方のニュースでは何度も繰り返し放送されている。「入間、別の見ない?飽きちゃった」
と、足をゆらゆらしながら怠そうに机に突っ伏していた。
「お前はこれでも見てろ。」
子供番組を流すと、化野は興味津々に画面ギリギリまで近付いて、それを眺めていた。
その時、玄関の呼び出し音が鳴った。ドアを開けると、目の前には事情聴取に来た警察官が数人いた。
「少し、お話しを聞かせてくれないか?この街の付近の防犯カメラが全ておかしくなっていてね。」
「いいですよ」背後から声が聞こえたのは、いつの間にか傍に来ていた化野だった。
「あまり見掛けない顔だね、君。」
「ああ俺、最近この街に引っ越してきました。彼の従兄弟です。この街、良いですね。」
そして化野はそのまま、何一つ動揺を見せず淡々と話し始める。
「その日は引越しの準備をしていたんです。だからこの事件について知った時は本当に驚きました。」
「そうか。……君は?」
何も悪いことしていないのにドキッとしてしまう。化野もこっちを見ていた。ただ黙って見ていた。
「俺は…… ……。家にいました。その日は流星群が綺麗で……。聞こえてくるはずの叫び声なども、特に一切聞こえてきませんでしたから。」手に嫌な汗が滲む。何故か、嘘をついてしまった。いや、正確に言うと嘘ではなかった。全て事実だ。以前にも話しをしたことがあった。
でも、信じて貰えるわけがないからだ。
「成程。そうかわかった。貴重なお時間取らせてしまってすまないね。ありがとう。まだこの付近は犯人ががうろうろしてるかもしれないから、夜遅く出歩かないように。」
そうして、思っているよりあっさりと終わった。
大切な人を失ってる人も多いはずだ。だからこそ、化野に犯人だと自白して欲しい。「お話、楽しかったね」
「化野お前なんだろ」
「ん?何が」
「思い詰めた顔してどうしたの」
そんなことよりこれ見てよ、とスマホの画面を見せてくる。化野が、オカルト研究部の記事を見ていた。
いくら聞いてもなんの話と言わんばかりにシラを切る。これでは話し合いにならない。幻覚ではないはずなんだ。心では分かっていた。宇宙人であることは明確で化野が犯人なんだと。だからなんとかして証拠を集めたい。でも、何も出来ない。何も証拠にならない。掬っても、何も手に残らない。何でだろう。何故、何故だろう。……いや、俺は何をしてんだろう。こんなの、ただの正義のヒーロー気取りだ。なんだか虚しくなった。そうだ、あの時だって俺の言うことなんか誰一人信じてなんかくれなかった。何度訴えて、惨めに泣き喚いても、誰一人。そんな、俺なんかの言うことを信じてくれるはずがない。ふと、背後から視線を感じた。ゆっくり振り返ると、深淵のような真っ黒な瞳を瞬き一つせずに真っ直ぐ向けている化野と目が合った。瞳に映った自分の表情は酷く動揺していた。空間がそこだけ切り取られているようで、あまりに不気味だった。目を逸らした後、部屋を後にする背中を、化野はずっと、何も言わず見ていた。その翌日、教師に化野の件で呼び出されて頼まれてしまった。「入間、悪いが少し化野の様子を見てやってくれないか。万が一、昨日のような問題行動を起こしそうになったらすぐにでも教えてくれ。」仕方がない、化野と関わりがあるのは俺くらいだから。新学期から厄介な生徒を受け持ってしまったのだから少々気の毒だと思った。教室を後にして廊下を歩いていると背後から声を掛けられた。振り返ると、話しかけてきたのは幼馴染の緒環だった。どうやら、化野が起こした一件は別のクラスまで届いていたらしい。「入間の仲良くしてる奴、例のやべー奴だろ。まさかとは思ったけど、大丈夫なのかよ入間。……って俺も大概か。」
緒環は首の後ろを触りながら話し始める。一匹狼の不良生徒。新学期から登校し始めたけど、少し前まで謹慎処分を受けていたらしい。
お互い江國とは会話をしていたが、江國がいない今はもう殆ど会話がなかった。ともあれ久しぶりに会話をした。
緒環から「お前のこと、当時は少しライバル視してたのかもなって、今になって思うけどよ。またこうしてお前と話したくてさ。」
……そう話された時は驚いた。それなら中学の頃の件も、仕方ないと思えた。
緒環はずっと聞きたかったことがあるんだけどよ、と続けて話し出す。
「入間は江國が通ってる高校に行きたかったんだろ?」
「……いや別に。ここなら家から近いから。」
「はは、そっか。」
そこから少しずつではあるが、緒環と会話する機会が増えた。
そのことを知った化野は「話せるようになったんだ、よかったじゃん。」と言うばかりだ。
そして卯崎はというと。卯崎に会う化野は以前より冷静だった。というよりどうでもよさそうにしていた。俺も卯崎とはここで初めて言葉を交わすことになる。昨日は色々なことがありすぎて混乱していたけど、化野がやったことは良くないことだ。
「あのねうさ、いーくんに伝えたくて。たくさんありがとうって伝えたくて」
焦っているような様子だった。
「少し落ち着いてくれないか」
と言うと深呼吸させた。卯崎はありがとうと言った後、本来伝えたかったことを思い出して、話し始めた。
「手術が成功したの!もう聞いてるかもしれないけど……。ずっと言いたかったの。あの時傍にいたのに何をどうしても伝えられなかったから……」
そう言葉に詰まっていた。言葉に出来なかった苦しさはあったんだろう。目に涙を溜めていた。それを振り切って笑顔を見せる。歩くことは大変だけど少しずつ慣れていくからと話した。喜ばしいことではあるのに素直に喜べなかった。それは、卯崎に嘘をついているからだろうか。化野はそれを聞いても何も言わなかったが、先に話しかけたのは卯崎だった。
「はじめましてだよね。名前はなんていうの?先輩だよね」
怖いのか化野と目が合うと卯崎は思わずパッと目を逸らしていた。化野は卯崎をただただ見つめた後、その時は何も口を開かなかった。
ニュースの報道は、相変わらずあの事件で持ちきりだ。暫くこの話題は終わりそうにない。それくらい多くの犠牲者を生んだのだから。そうだ、その裏で警察も必死になって捜索しているはず。しかし犯人の特定もできず何も変化のない日常は続く。そればかりか、少しずつ話題は別のものへと移り変わっていく。ある日の帰り道。西日が射していた。そこには幼馴染である江國が立っていた。「江國」
「入間くん、この間振りね。」
後日、下校中の通学路でたまたま江國と居合わせ呼び止められた。ここで初めて江國と会った化野だが、いつも通り何かを考えているようだった。「入間くん、ご飯はちゃんと食べてる?」「ああ」
「あら、それなら良かった」
「……」
化野が俺の様子を見て、江國に話し掛けた。
「あら、はじめまして。私は江國紗世子。入間くんとは長い付き合いなの。つまりは幼馴染かなあ。」
「俺は化野」
「あなたは入間くんのお友達?」
「うん」
「そうなんだ。入間くんに友達ができるなんて本当に珍しいわ。……なら今度、もしよければこっちの学園に化野くんもぜひ一緒に遊びに来て。少しね、入間くんと話がしたい人がいるの。前に起きた例のあの事件についての。」
あの事件って。
「どういう話?まさか探偵ごっこ?犯人探しでもすんの」
「ううん、入間くん前に宇宙人を見たことがあるって言ってたじゃない。同じようにみたことがある人がいるの。」
「それは本当なのか」
まさか俺と同じように宇宙人を見た事がある人物がいるなんて。
「ええ。入間くんのこと、信じてるわ。」
「…… ……」
「それじゃあ、緒環くんにもよろしく伝えておいて。また会いましょう。」
江國が笑顔で優雅に手を振る。後ろ姿を呆然と眺めていた。
「入間、前」
前に電柱が迫ってきていたのに気付かなかった。
「なんかさー顔色悪いけど」
顔を覗かれて背後に一歩引く。そんなにだったかと無視をして横から抜けた。真っ黒な目と目があってゾワッとした。何も映らない分不気味に感じた。
「楽しくなってきそうだね。これから」
と言って後ろをついてきた。

03話  いとこ

早朝から呼び出し音が鳴り響いた。歯磨きしている最中だった。何度も何度も鳴らされてしまい、急かされて玄関を開けると視界の少し下に卯崎がいた。「隣に引っ越したよ!いーくん!」
と敬礼をしながら玄関の前にいたのは卯崎だった。
「これなら、これなら一緒に登校できるし、四六時中一緒にいられるね!」
と楽しそうに話し出すから。
「待ってとりあえず話は後でにして。ここで話すと隣人に迷惑になるから外で待っててくれ。」と言い半ば強引に追い出してしまったが、卯崎はそれを快く承諾して、大人しく下で待機していた。窓からその様子を見ていたが、忠犬のようにただ大人しくまっていた。後々聞いたが、卯崎の制服は江國が用意したんだという。一体どういうことなのかわからないが、首を突っ込むところではない。登校しながら、卯崎は背後をついてくるもんだから。それ…と口に出そうとしたところでそれを遮って卯崎が説明を始める。「いーくんを守る為だよ!それにね、化野くんに意地悪されてばかりじゃ嫌なの。だからね、護衛用にって江國お姉ちゃんがくれたの。」これなら化野くんもイチコロだね!と凶器を振り回す。危ないから振り回すのだけはやめて欲しい。というか…それってだめじゃないか。江國が、何か理由を話さない限り、これ犯罪になるんじゃないのか?「誰がイチコロだって」その声と共に卯崎の背後からめんどくさそうに現れる。卯崎はそれにびっくりしたのか「ビャッ!」と高い声を上げて驚く。それを耳にした化野は顔を顰める。だけどこれといって特に何か話す訳でもなさそうで、その横をスッと通るだけだった。「入間、卯崎ちゃんの相手しない方がいいよ」俺からすればどちらにせよ両者共変わらない。別に化野の言うことに耳を傾ける必要もないし。そのまま無視すると「えっ」と驚いてから化野は俺の背後をついてきた。
俺の背後を卯崎もついてくる。まあいつかどっか行くだろうし、今は放っておく。
「ねーいーくんってうさ以外の従兄弟なんかいたの?」
という発言に化野はピクリと反応する。
「遠い遠い、いとこだよ」
「遠いいとこなの?」
「そうだよ」
それだとはとこにならないかと思ったけど何も言わないでおいた。校内でもそうだ。長い廊下を歩くと、俺の背後をついてくる影が見えるのだ。まただ。何かの視線を感じて振り返ると、卯崎がいた。でも、どうしても卯崎だとは思えない。卯崎はこんなことしない。したことなんかないし、するようにも思えない。まるで性格が真逆だからだ。そして卯崎は、度々俺の私物を盗んでいた。物が無くなっている、そういう時は大抵卯崎の仕業だろう。卯崎に跡をつけられている。化野はそれを見てその間を割くようにして、後ろからついてくる。なんなんだこの状況は。度々化野には「今日は右から行こう」と手首を掴まれていた。その度に身体が拒絶するのか、思わず振り払う。
わざと左に行くと化野は焦った様子で「ちょっ、待って」と後ろから走ってくるのだった。化野が焦ってると少し気分が良い。
転校初日も同じようなことしていたが、今度は何を企んでいるんだろうか。それがアイツの特殊能力か何かなのか、宇宙人なら可能なのか。
本当のところ、それに関しては俺はまだ信じきれていない。
何故なら、特に何も起きていないからだ。……化野の言うことは嘘か当てずっぽうなんじゃないか。そういえばアイツはどこにいった?そうして後ろを振り返ると卯崎と言い合いをしていた、ので無視した。最早いつも通りだった。別になんでもいい。とにかく仲良いと思われたくない。
化野にそのことを聞いても「宇宙人に予知する能力なんかあるんだ」と他人事で、まるで今知ったかのような反応をされる。ならもう、どうでも良くなった。
休み時間とある記事を見ていた。他校の掲示板のようなものだろうか。江國の通う高校のオカルト研究部部長を名乗る人だった。「〝この事件はもしかしたら、宇宙人の仕業かもしれない〟だって」化野はそう言うと背後からスマホの中身を見ていた。勝手に見るなと言うと化野はそれを見て口元だけ楽しそうに笑っていたのだから意味が分からなかった。
まあ、意味なんか分かるはずがない。

公開準備中…

登場人物

だから  ぼくの心臓、あげるよ。────舌も、左目も、胃も、きみの足りないところ、全部。

namepersonalityageheightB-dayperson
【01】双子の片割れ、唯月が生まれた
世界線
    
化野 優真
-Yuma Adashino
入間の前に血塗れの姿で現れた謎の異星人。後に入間と同じ月高に通う転校生。宇宙船の修復する間【人に危害を加えない】約束の元同居している。ゲームなどの地球のカルチャーが好き。
「化野、でいいよ。せんせ。」
??歳
月世高校
高三
178㎝error
あんた
お前
入間 唯月
-Itsuki Iruma
寡黙な生徒会長。血塗れの化野に遭遇した後、この街で事件発生していた事実を知る。化野の行動を監視しつつ一緒に過ごしていく内に日常が大きく変化することに。
「⋯⋯。⋯⋯もう少し、自分を大切にできないのか。」
18歳
月世高校
高三
179㎝4/2
あんた
お前
卯崎の 成功
クローン
-Usaki clone
江國研究員によって生み出された成功クローン。入間の病弱な従妹に、よく似ている。素直で明るい性格をしておりクラスのアイドル的存在。入間によく懐いている。
「今日もいっぱい頑張ったんだね。すごいね。だいすきだよ。」
??歳
月世高校
高二
150㎝(+厚底155㎝)errorうさ
あなた
江國 紗代子
-Sayoko Ekuni
入間と緒環の幼馴染で、研究員の男〝江國〟の一人娘。エリート校の学年トップ。お淑やかでありながら好奇心旺盛な性格で、砕けた口調でお茶目な一面も併せ持つ姿が大勢から親しまれている。
「それはね、入間くんが素敵な人だからよ。」
18歳
星彩学園
高三
158㎝5/17
貴方
緒環 秀弥
-Syuya Odamaki
入間と江國の腐れ縁。謹慎明けの入間と同じ月高に通う一匹狼の不良生徒。江國に片想いしている。歳の離れた姉と妹がおり、海神とは喫煙仲間兼保育園に妹弟の迎えに行く仲。趣味は創作料理。
「例の転校生の面倒、先行に頼まれたんだろ。大変だよな⋯⋯ってお前にとっては俺も大概だよな。」
18歳
月世高校
高三
185㎝5/29
お前
片瀬 湊
-Minato Katase
エリート校のオカルト研究部の部長。平和主義で物腰柔らかく超お人好しなので部員に心配されている。暇があれば街の清掃等の慈善活動をしている。事件後、宇宙人捕縛計画で美織や江國を通じて入間と接触する。恋森とは幼馴染。
「この街のこと気に入ってくれたかい。僕はこの街が好きでね。」
18歳
星彩学園
高三
192㎝10/23
雲母 美海
-Miuna Kirara
オカ研の部員。超記憶力(HS)のみでエリート校に合格した北月影区田舎育ち。オタクに厳しいギャル⋯⋯なのではなく同族嫌悪しているだけである。入部理由は「重度のオカルト好きだから」
「表情固すぎんだけど。あっは、いいね。んな緊張しなくていいよ〜あーしも同じだったから。」
18歳
星彩学園
高三
180㎝(+厚底187㎝)8/19あーし
栗栖野 大智
-Daichi Kurusuno
オカ研の部員。稀に地方弁が出るが基本敬語。神出鬼没で、部員も知らない謎が多い。工業地帯の西月影区出身。常に笑顔を浮かべてるのではなく、糸目でこれでも完全に目が開いてる。入部理由は「面白そうだったから」
「部長〜、虫捕りはやめません?静寧さん虫苦手みたいすよ。」
17歳
星彩学園
高二
169㎝9/7
貴方
剣崎 静寧
-Shizune Kenzaki
オカ研の部員。副部長を務めており片瀬をとても敬慕している。生真面目でド天然。オカルトに関して知識は何もないが、勉強熱心に情報は取り入れている。栗栖野とは常に口喧嘩しており馬が合わない。入部理由は「片瀬部長が毎日一生懸命入部希望のチラシを配る姿に強く感銘を受けたから。」
「片瀬部長、あたしになんでも仰ってください。貴方の役に立ちたいから。」
17歳
星彩学園
高二
169㎝(+厚底175㎝)9/15あたし
貴方
/貴様
恋森 穂乃果
-Honoka Koimori
オカ研の部員。おどおどしており、人と話すことが苦手。片瀬とは幼馴染で、常に行動を共にしている。好きなことはお菓子作りと写真を撮ること。過去に片瀬と宇宙人を目撃したが、証拠を押さえられなかった。肌身離さず持ち歩くカメラは、事故で亡くなった弟の形見である。
「⋯⋯わたしなんかが貴方の隣にいられたことが奇跡なんだ。」
18歳
星彩学園
高三
155㎝4/3わたし
あなた
シロ
-Siro
入間が溺死寸前だったところ保護した迷子の子猫。同居人の二人に溺愛されている。一度施設に預けたが戻ってきてしまった為自身の生活費を削って飼うことに。ある日食べ物を吐く姿を見て病院に連れていくが原因不明と診断されるも、餌を必要としないだけだと化野に見抜かれ人の姿への擬態方法を教わる。
「けんか、しないで。」
error130㎝errorぼく
きみ
スズ
-Suzu
忠実な王女の側近。女王の現従者。化野が惑星から逃亡した後仕える存在。本体は兄で、物事を考えることができない。頭で溶けている黒い物体が弟で、脳の一部である。二本の触手で器用に掃除をしている。
「オニイチャン、イコウ!」
「⋯⋯うん。」
error148㎝errorボク
キミ
Ni@
-Nia
惑星の王女様。化野の同胞で幼馴染。同じタイミングで惑星に堕ちた。化野とは違い、生まれた頃から他とは違った容姿を持って生まれた。可愛いものが好き。周りに飛んでいる蝶々は彼女の一部であり、女郎蜘蛛のような八本の触手を持ち、蝶が止まった相手を絶対に逃がさない。
「もう、あたくしが全部悪いっていうの!?関係無い!違うったら、違うわよ!」
error158㎝errorあたくし
貴方
海神 快斗
-Kaito Wadatumi
博愛主義のゆるゆるなお兄さん。オカ研のお手伝いをしたり喫煙をしに他校へと赴いている自由人。常にへらへらしているが、頼りになる一面も。剣崎とは幼馴染で、入間たちと同じ、東月影区育ち。後輩のことを大切に思っている。
「火ぃちょうだい〜。おーありがとう。」
19歳
星彩学園
高三
留年生
182㎝7/15
あんた
栂宮 美織
-Miori Ngamiya
双子の姉。勤勉家で芸術以外はなんでも卒なくこなす優等生。事件で亡くなった優秀な兄を憧憬し、とても尊敬していた。兄が亡くなってから変な絵を描き出す妹を不思議に思っている。
「兄はとても偉大だったわ。私たち姉妹を、身を挺して守ってくれたんだもの。」
18歳
星彩学園
高三
165㎝3/8あたし
貴方
栂宮 宮子
-Miyako Ngamiya
双子の妹。マイペースな不思議ちゃん。SNSで有名な少女漫画作家。締切に追われると学校を休む。のほほんとしており非常に穏やかだが、親友の化野にしっかり注意する一面もある。餌付けする為のお菓子を持ってきている。
「みやは、きみが頑張ってるの知ってるよ。」
18歳
月世高校
高三
148㎝3/8みや
きみ
卯崎 咲紀
-Saki Usaki
入間の病弱な従妹。七夕の日に満月が見たいと入間に車椅子を押して貰っていた最中に謎の生命体に遭遇し、後に植物状態になってしまう。身体は動かないが、声は聞こえている。
「やめて、やめてよ。兄さんは悪くないのに。私、何も声が出ない。役立たずでごめんなさい。」
17歳150㎝3/3
卯崎の 失敗
クローン
-Usaki clone
江國研究員によって生み出された失敗クローン。入間の病弱な従妹に、よく似ている。一部の臓器が機能不全で、学習知能が乏しく一人では生きられない。入間によく懐いている。重要な記憶のみオリジナルから受け継がれるらしい。
「兄さん」「会いたい」「兄さん」「愛してる!」
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【02】双子の片割れ、優真が生まれた
世界線
    
入間 優真
-Yuma Iruma
優しい青年。友人も多く学生生活と充実している⋯⋯かのように思えたが、18歳の誕生日に屋上から飛び降りてしまう。
「父さん母さん、俺を産んでくれて、ここまで育ててくれてありがとう。愛してるよ。」
17歳
月世高校
高二
178㎝4/2

あんた
卯崎 咲紀
-Saki Usaki
入間の従妹。健康体で皆勤賞。恋愛に対してどこか冷めていて諦念的だが、いつか夢中になれる恋がしたいと思っている。入間と一緒に謎の生命体を目撃するが、同時に彼女の人生を大きく左右する。
「もう、兄さんが逃げなよ。弱っちいんだから。」
16歳
月世高校
高一
158㎝3/3
江國 紗代子
-Sayoko Ekuni
入間と緒環の幼馴染で、研究員の男〝江國〟の一人娘。エリート校の学年トップ。お淑やかでありながら好奇心旺盛な性格で、砕けた口調でお茶目な一面も併せ持つ姿が大勢から親しまれている。
「それはね、入間くんが素敵な人だからよ。」
17歳
星彩学園
高二
158㎝5/17
貴方
緒環 秀弥
-Syuya Odamaki
入間と江國の腐れ縁。入間と同じ月高に通う一匹狼の不良生徒。江國に片想いしている。歳の離れた姉と妹がおり、海神とは喫煙仲間兼保育園に妹弟の迎えに行く仲。趣味は創作料理。
「なんかあったら俺に言えよ。」
17歳
月世高校
高二
185㎝5/29
お前
栂宮 宮子
-Miyako Ngamiya
双子の妹。優秀な兄のストレスの捌け口にされている。入間に話しかけてくれた女子生徒。いつも怪我が絶えず、見えない場所には、大量の痣がある。
「みやは、きみが頑張ってるの知ってるよ。」
17歳
月世高校
高二
148㎝3/8みや
きみ
謎の生命体
-NOT FOUND
入間と卯崎の目の前に現れた蠢く触手に蝕まれた謎の生命体。攻撃する意図はないのか、口から青緑色の液体を吐き出し続けている。error約2merrorerror
【その他】     
入間郁海
- Ikumi Iruma
唯月の父親。入間の父親。教師をしている。口下手であまり会話しない。    
入間陽歩
-Haruho Iruma
唯月の母親。明るくおちゃめ。姉妹仲は良いが、卯崎の父を苦手に思っており、「あまり仲良くしないで欲しいと伝えた」    
卯崎一澄
-Izumi Usaki
卯崎の父親。入間の叔父。元医者だったが、今は退職している。    
卯崎陽菜
-Hina Usaki
卯崎の母親。入間の叔母。    
【用語一覧】     
月世高校
-つくよこうこう
入間の通う高校。    
星彩学園
-せいさいがくえん
有名な私立中高一貫エリート校。展望台などがあり、有名。    
月影市
-つきかげし
海や桜が美しい街並み。どこからでも月がよく見える。夜桜が有名な観光地で、春になると多くの桜が咲く。満月の日には、多くの観光客が訪れる。    
八千桜通り
-はっせんざくらどおり
南、西、東まで続いている桜通り。海岸沿いに八千本植えられている。    
南月影区
-みなみつきかげく
栄えている街。都心には繁華街や娯楽などがある。西は自然に囲まれた工業地帯で、北は温泉街で有名。    
月明駅
-げつめいえき
入間、化野の住む学生用アパートの徒歩3分の位置にある駅。月世高校の最寄駅(居待駅)の次の駅である。    
東月影区
-ひがしつきかげく
月影幼稚園や月影病院の他、海神、剣崎の他にも入間、江國、緒環、卯崎の実家がある。    
月影病院
-つきかげびょういん
街で一番大きい場所。卯崎が入院している、卯崎の主治医が勤務している場所。    
星宙教団
-しょうじゅきょうだん
街の外れにある。    

『お前はさみしがり屋だからさ、心配。』『お前見てるとさ、ぎゅって、してやりたくなるよ。』『俺は、どこにも行かないよ。
ずっと、お前のそばにいるよ。
どんなに遠く離れた場所にいっても、必ず逢いにいくよ。』
一緒になんかいられないだろ。
18になれば、お前は俺を置いていくだろ。
お前が、死ぬことは必然なんだろ。
この世界で生まれたお前は、もう。
今更知っても、もう遅いよな。
それをずっと隠してるのはお前の方なのに。だから、俺が、お前が死ぬ時になったら俺もそっちの世界に連れて行ってくださいって、お願いしたんだ。────お前を見てるとさ、俺の知らない間にどこか遠くに行っちゃうような気がしたんだよ。お前ならきっとそれができた。
ずっと、しないでいただけだ。
分かっていた。
なのに。
なんで。
赤。
赤。
目に焼き付くような鮮血が、彼の体内から溢れ出ていく。
本当にするなんて思わなかったんだ。
……どうして、こんなことになるなんて思わなかったんだよ。
お前なかったんだ。
「……そうだ、119番、っ、救急車」
早く、
早く、早く。
お願いだ、
お願いだから。
「……俺を、一人にしないでくれ……」彼は虚な目で、微笑んでいるような気がした。楽しかったね、あの頃は。あるところに仲睦まじい夫婦がいた。奥さんのお腹には、なんとも愛おしい二つの命を身籠もっていた。
しかし、そんな中、母胎と双子の片割れに異常が見つかる。このままでは母体が危険であると。そしてその双子の片割れは、生まれる前には死んでしまうと。生まれてこられたとしても、助かるかどうか。
そう医師から言われていたが……奇跡的に、母体に異常は見られず、そうして双子も一緒にこの世に生まれてくることができた。
こんなこと、誰が予測できたのだろう。
必然だと思われていた運命が、必然じゃなくなった時に人はそれを奇跡と呼ぶのだろう。
それでも双子の片割れは、未熟児であった為、医師の指示のもと適切な処置を受け、暫くの間人工保育器に入れられることになった。
ゆっくり時間をかけて成長したが、それでも生まれつき病弱で、内臓器官も健康体の片割れに比べるとあまり丈夫でなかった。
幼少期の頃から度重なる整形移植手術が必要になり、身体中は手術痕でつぎはぎだらけだった。
「いーちゃん、あー、あー」
「あらあらよかったねえ、いつくん。ふふ、ゆうくんはお兄ちゃんだね」
「優はなにしてるんだ」
「ままの真似をしてふーふーって、して食べさせてるのよ、ぱぱ」
「優の分なくなっちゃうぞ」
「心配しなくても大丈夫よ、あとでままが調節しますからね」
なにより彼は、両親に似ても似つかない容姿をしていた。
両親はそれでも、そんな彼ら双子を同じように大事に、平等に愛していた。幸せな家庭だった。
毎年、誕生日になると双子は、両親に片割れが好きそうなものを頼み、後に内緒でプレゼント交換をする、というのが二人の中でお決まりだった。「たんじょうびおめでとう、ゆう!」
「こちらこそ!ありがとういーちゃん」
「ねーねー開けてもいい?」
「もちろん!はやく開けて!」
「……宇宙の本。これ、僕がほしかったものだ!」
「僕も!僕たち双子だから、好きなものなんでもお見通しだね」
「ぱぱもままも、きっと、優の方が星が好きだって思うだろうね」
「いーちゃんは星が好きだし、僕の方がゲーム好きなんだけどなあ」
「それは、二人だけのひみつ!」
「二人だけの?いーちゃんだけがゆうちゃんの、知ってるってこと?」
「そうだよ!」
「なんか面白そう!」
「ゆうちゃん、これから先もずっと、一緒にいられたらいいね」
「うん」
同じ時間を過ごし、成長する双子。高校生になる頃には、バイトでお金を貯めて、それぞれに誕生日のプレゼントを用意するようになった。「誕生日おめ。生まれてきてくれてありがとな、おとーと」
「はあ、俺はお前の弟じゃない。ほんの少し先に生まれてるからって兄貴面するなよ」
「わかったよ。そんなことよりはいどーぞ。俺のもちゃんと用意してくれた?」
「まあ」
「え、やった。」
「……あげなくていいか」
「やだやだ、ちょうだい」
「怠いな」
そう言って包装紙に包まれたプレゼントを渡せば、嬉しそうに受け取る。
「なあ我慢できない、開けてい?」
「どうぞ。って毎年丁寧に開けるよな」
「とっときたいじゃん」
「包装紙なんてとっておいて何になんだよ」
「別にいいじゃん。……お、これ新作ゲームのカセット?これめっちゃ欲しかったやつなんだよ、対戦がおもろいやつ!なあ帰ったらすぐ一緒にやろうよ」
「また今度な」
「なあ俺のも早く」
そう言って目で催促してくる。
「はいはい」
「あーあー……開け方、雑だなーっ……唯月って開けんの苦手なの」
「……別に、いいだろ。……って、これ」
「あれ、あんまりお気に召さなかった?家庭用プラネタリウム。星好きだろ、ほら、宇宙図鑑ボロボロになるまで毎日見てたじゃん」
「お前、子供だと思ってんだろ」
「どゆこと」
「だから、……昔から言ってるだろ。こんな偽物のホログラムの星じゃなくって、もっと本物の星が良いんだって。お前、俺の話なんか一切覚えてないだろ。」
「勘弁してくれよ、望遠鏡は高いんだよ」
「……まあ、でも、ありがとう」
「こちらこそな。
なあ唯月、俺さ、18歳の誕生日に父さんと母さんにも俺を産んでくれてありがとうってプレゼントするんだ。親孝行、したくてさ。」
「へえ。いいな、それ」
「ほら俺、小さい頃から身体が弱かったみたいじゃん。その頃の記憶、なんもないけど……日常の一部っていうか、当たり前になってて忘れてたけど、今でも薬飲まなきゃいけないじゃん?」
「免疫抑制薬だろ」
「そう。やっぱり、両親にはたくさん迷惑かけちゃったし。それに、俺、いつまで生きられるかわかんないからさ。渡せなくなってからじゃおせーよなって、あっはは」
「お前なあ、迷惑だなんて別に思ってないだろ。」
「んじゃあ感謝の気持ちで」
「それでいいよ。お前はいいよな。昔から、両親にすごく心配されてただろ。俺なんか後でにしてって無視されてたし……父さんも母さんもお前のこと、すごく大事にしてたよ。」
「父さんと母さんには感謝しなきゃな。でもさ俺って、容姿全然似てないから拾われた子なのかと思っちゃってたよ。髪染めよっかななんて思ったこともあったし」
「実際、父さんと母さんの子だっただろ。気にするなよ。髪の色がたまたま違うなんてよくある。俺なんか地毛なのに教師に染めるなっていまだに注意されるんだから」
「昔から双子だって思われないんだよな。」
「まあな」
「お互い苦労してるよなー。でも、こうやってさ、なんでも相談できる相手いてよかったって思うからさ。俺、唯月がいてよかった」
「はあ」
これから先も、こんな日が続くと思っていた。片方だけは。「あのさ」
「うん?どした」
「誕生日プレゼント、何あげたら喜ばれると思う」
「もうそんな時期?あーそういや今週か。時間経つのって早いよなあ。……お前、毎年面倒くさそうにしてたのに楽しみにしてんだ。可愛いところあるじゃん」
「……違うよ。
彼女ができたんだ。その子への誕生日プレゼントなんだよ」
「……」
「まだ先なんだけどな」
「へえ、よかったじゃん」
それを聞くと明らかに動揺したような、不自然な笑顔を見せる。
「……そんな大事なこと、なんで今まで俺に内緒にしてたの」一瞬、言ってしまった、という顔をするが、一度口にしてしまったら止まらなかった。珍しく、動揺していた。「ちげーよ?恋人できるのは、別にいいんだよ。別に、いいけどさ。そうやって隠されてると寂しいじゃん。俺たちって、そんな仲だった?……違うだろ、なあ。俺に言って欲しかったよ。」その一言を聞いて、遂にため息を吐く。そうして、今まで溜め込んでいた不満が爆発するかのように言葉が溢れ出す。「……双子だからってなんでも共有しなきゃいけない?
秘密も、全部、何もかも共有しなきゃいけない?
双子だから、何でも一緒にしないといけないのか?
双子だから、双子だから……って、いい加減にしてくれよ。
そろそろ大人になれよ、お前も。
いつまでも一緒にはいられないんだから。」
「あ、」
「そうか」
「……、」
「なんかさ、俺」
「……俺、変なこと言ってた。」
見たことのない片割れの表情。「そうだよな、ごめんな。」それは、相手を責めているとかじゃない。
言ってしまったことへの後悔が混じった、表情と声だった。
初めて、喧嘩をしてしまった。
後になって、大きな溝が生まれる喧嘩だったことを思い知った。
今までだって些細なことで喧嘩はしてきた。
だけど今回は違った。
その日をきっかけに、一緒にいる頻度は減っていき、会話も減っていった。
登下校することもない。
片割れといた時間を全て、彼女と過ごした。
全て彼女に費やして、そうして彼は、片割れのことなど忘れていき、彼女との日々を大切にしていく。
そうしてある日、それは起こる。
片割れの部屋のドアをノックして、返事を待たずに開ける。
「びっくりした」
「お前、少しいいか?」
「うん」
「俺の彼女に手出したよな」
「ああセックスした。だから何」
「……」
「でもさ、彼女、ろくでもないよ。よかったじゃん、セックスする前にそれに気付けてさ。」
次の瞬間、鮮血が飛び散り、床に赤い液体がボタボタ落ちる。胸倉を掴んで引き寄せて、そうして、何度も、何度も何度も何度も、拳で顔面を殴り続ける。「……でお前さ、言いたいことはそれだけか?」
「……、はは」
「さっきからずっと、何笑ってんだよ。何が面白いんだよ。謝れ。早く謝れよ。」
「うっ、」
思い切り、蹴飛ばしてやった。
大勢を崩して倒れ込む片割れを押し倒して馬乗りになると、片割れはただその拳を素直に顔面に受け入れて、抵抗する素振りも無かった。
「なんだか久しぶりにお前の顔、見たから。なんかさ、」「は、気持ち悪いんだよ、お前……
死ねよ。お前みたいなクズ、
死ねばいいだろ。
早く死ねよ。
いいから死ねよ。
死ね、俺が殺してやる。
殺してやるからな、クソ野郎」
「はあ、はあ、本気じゃん、いたい、いたいよ、死んじゃう。はは、あはは、なあ、俺、死んじゃってもいいの」笑いながら、ずっと肩を震わせていた。「彼女に土下座して謝れよ。なあ」
「唯月には謝るよ、でも」
「頑なだな、馬鹿にしやがって。」
「死んだらいいんだな」
「そうだよ、お前なんか死ねばいい」
「そうだよな、俺なんか生まれなきゃよかったよな」
「……」
「迷惑ばっかりかけてきたよな、ずっと……」
「……」
「……なのに。なんで気付かなかったんだろう。なんでもっと早く気付けなかったんだろう」
後になって気付く。彼に、抵抗する気力すらなかったのだろうということに。「気持ち悪いのも、分かってる、」「でも俺、お前を傷付けようとか、迷惑かけたかったとか、そんなつもりなくて、」「……ただ、これからも……、
……、
………っ」
何かを言いたげなのに、どうしても言えないのか、言葉を詰まらせる。よく見れば、彼の表情は酷く疲弊しており、泣き腫らしたような目をしていた。「今日さ、なんの日か知ってる18回目の誕生日だよ。
だから、だからさ。
俺たち、もう一度、
あの頃みたいにさ、
そうだよ、一つに戻ろう、
唯月」
「お前、気がおかしくなったのか」4月2日。
ああ、忘れてたな。
どうでもよくてさ。
そんな日があったな。
俺たちの誕生日。
優真のカレンダーには、ちゃんと赤い丸がされている。ふと、目の端に映る。
片割れの部屋の隅に、17個鶴の折り紙があった。
しわくちゃのもあったが、どれも丁寧に折られており、状態が良かった。
一度破かれたものを、セロハンテープで止めたようなものもあった。
微かな記憶を辿る。
あれは、確かに、小さい頃両親から貰ったプレゼントと、それから。
俺が誕生日にプレゼントした物が包んであった包装紙だ。
『毎年丁寧に開けるよな』
『とっときたいじゃん』
『包装紙なんてとっておいて何になんだよ』
『別にいいじゃん』
……。『両親にはたくさん迷惑かけちゃったし。それに、俺、いつまで生きられるかわかんないからさ。渡せなくなってからじゃおせーよなって、あっはは。』お前は、いつも、楽しそうに笑ってるよな。
でも、優は、無理に笑うことが多かったな。
周囲から心配されて生きてきたから、心配させないように元気な姿見せなきゃ……なんて、昔言ってたな。
俺は、優が羨ましかった。
俺は、
俺は。
両親に愛されてないって、誰からも愛されてないって、思っちゃったんだ。
父さんも母さんも、ずっと、病弱な優のことばかり見ていたから。
健康体でいたって何も良いことなんかないって。健康体になんかなりたくないって。お前のこと羨ましいって思っちゃったんだ、だって、お前みたいに身体が弱かったら俺も両親にもっと見てもらえて、たくさん心配してもらえたのかなって。
でも、優は、優なりに、ずっと不安だったんじゃないか。俺は、ずっと自分ばかりが、ってそう思って、優の気持ちなんか、考えてあげられてなかったんだ。優真。「……げほっ、はあ、はあ、」
「……優真、最近よく息上がるな。大丈夫か?」
「ああ、へーき。いつものことだから」
お前はいつも元気そうだ。
……うるさいくらい元気で、めんどくさくて、よく笑ってた。
だから、時々、忘れそうになる。
優が何度も手術を繰り返していること。
今でも時々通院してるとは聞いてたけど。
お前はさ、覚えてないのかもしれないけど、父さんも母さんも、お前のことすごく大事にしてた。「ゆうくん、しっかりして」
「ママ……パパ……」
「優真、大丈夫だ。父さんも母さんもそばにいる」
「うん……」
父さんと母さんの不安そうな声で、只事じゃないって、当時はまだ幼かった自分でもすぐに状況を察したな。病院で入院してた時、手術後の容態が著しく悪化した時があった。「優、しんじゃうの、
……やだ、しなないで!」
病室内で思わず叫んで、ボロボロ涙が溢れて、視界がぼやけてく。ベッドに横になってる優は、俺の声を聞いて目を開けて、そうして酸素マスク越しに小さなかすれた声で反応する。必死に息をする度に胸部が激しく上下していた。「……泣かないで……」
「優、いなくならないで」
「いかない……いかないよ、どこにも」
「……俺、しなないよ。絶対に……死なないよ。」そういって、ゆっくり腕を伸ばして、ぎゅっと俺の手を掴んで笑ってくれた。その言葉通り、優真は、山場を越えた。そうして今、隣を歩いている。「そんなことあったっけ」
「あったよ、父さんも母さんも、お前のことすごく心配してたんだぞ」
「うん。でも、それこそ最初はさ、生きるのに必死すぎてさ。何回も死ぬかもなーって思ったことあるから、慣れちゃったっていうか」
心配だよ、正直。「……唯月どうした」
「いや……何も」
きっと、色んなことしたいんだろ。
やっておきたいこととかあるんだろ。
「お前さ、俺とばっかりいないで、他のやつとも仲良くしたら良いのに。行きたい場所とか、もっと色々、あるだろ」もっと色んな場所行って、色んなもの食って、それから。
こんな狭い場所にいるより、もっと色んな体験をして欲しいって思ったんだ。
……いや、それってなんか、まるで優が死んじゃうみたいじゃないか。「唯月が一緒にやってくれんの」
「え、俺が」
「うん」
「俺といたって大して楽しくないだろ。いつもの日常と変わらないし」
「それがいいんだよ。俺は楽しいよ、唯月とゲームしたりすんの」
「それ……楽しいか?」
「いいじゃん」
優の瞳と合う。
俺とは違う。それは深くて、綺麗な色をしている。
そうして、少し遠くを見るような淋しい笑顔だった。
「どこにもいかないって言っただろ」「それに俺さ、たぶん今の身体じゃあ、遠くには行けない」
「それでも良いかもって思わせてくれる居場所が、こんなにそばにあるってすごく有難いことなんだよ。」
優真はそんな時でも、どんな時でも、楽しそうだった。……
……
「……優、」死ねなんて、なんで俺は。
なんで俺はそんなこと言ってしまったんだ。
言っちゃいけなかった。優真は、いつでもそれが身近に存在していたから。何度も痛い思いをして、何度も苦しい思いをして、何度も生死を彷徨って、何度も、何度も何度も、諦めてしまいたくなったのかもしれないのに。いなくなるな。
いなくならないでくれ。
「はは。あはは。はは、は、はあ、はあ、」息を切らして、笑う。
優の瞳から涙が流れて、頬から顔の輪郭を伝う。
「……優、……俺、俺さ、」謝らないと。
早く。
なのに、
なんで、声が出ないんだ。
「18歳の、誕生日プレゼント
これはきっと、今までで一番最高。
唯月、ねえ  見て
みてて  みててよ……っ
俺が、俺がっ  死ぬところをさ」優はいつもみたいに笑って。泣きながら笑ってた。もう、とっくに壊れてた。そうしてベッドの下に手を伸ばすと、ずっと前から用意されてたであったであろう刃物を、首に躊躇いなく充てがい───「優真、」
「おい」
「ま、待て、」
「お前の彼女、俺のこと好きだとか言うんだよ。お前という存在がいるのに。俺、彼女にえっちに誘われたんだよ。俺の顔が好きだってさ。お前に似てるからってさ。それに、お前がなかなか手出してくれないから、寂しかったって、俺にさ、愚痴ってきたんだよ。」「嘘じゃないって、本当だよ」「……どうしても俺の言うこと信じられないんだな」「本当に、昔から頭硬いよな。人の言葉なんか、聞き入れもしねえんだよ」「なあ、俺を一人にしないでよ。」「俺の近くにいてよ」「唯月、」「寂しいよ。」17個の折り紙と共に
部屋には、遺書があった。
父さん母さん俺を産んで、ここまで育ててくれてありがとう。
ずっと大好きだよ。長生きしてね。
唯月寂しくないように
先で待ってる
だから
あいにきて
あいしてる一部文字が、滲んでいた。「事件ですか、事故ですか。何がありましたか?」
「……人が、首から血を流して倒れています。」
「それはいつですか?」
「三十分くらい、前です。」
「場所はどこですか?」
「実家です。月影市東月影区○○番地です。近くに幼稚園や、大きな病院があります。」
「どのような状況ですか?」
「凶器は包丁です。自室に、血を流して倒れてます。」
「……あなたのお名前は?犯人は目撃しましたか?」
「……」
「……俺が、」
「……もしもし?」「俺が、やりました。」飛び散る赤色を今も覚えてる。赤色が嫌いだった。